本研究は、清代(1636~1912)に中国に来ていた宣教師ミゲル・ロカ(1661-1757)の編纂した漢語字典『Diccionario chino-espanol』(以下、『漢西字典』と称する)を精査し、そこに反映される編纂当時の言語状況はいかなるものであったと考えられるか、またこの資料は先行する字書資料からどのような影響を受けているか、といった問題について一端を明らかにしようとするものである。 研究期間全体を通じて、『漢西字典』の内容と康煕52(1713)年成立の字典Sinicorum Characterum Europea Exposito(趙廷俊撰。以下、『漢字西譯』と称する)の内容とを比較する作業を行った。『漢字西譯』は『漢西字典』の編纂に際して基盤とされた資料の流れを汲む字典であり、『漢西字典』の誤りや不鮮明箇所などを修正する点においても有用で、『漢西字典』の内容を深く理解する上で欠かせない資料と考えられる。 こうした『漢西字典』の内容を順次詳細に検討していく作業と並行し、1年目は、『漢西字典』の内容と間接的な接点を有する可能性をもつ中国の伝統的な古代字書『集韻』(1039)や『五音集韻』(1208)について、先行研究の流れを整理しつつ、書の特徴などについて網羅的にまとめた論文や研究ノートを、成果として公開した。また2年目は、『漢西字典』の内容を考える上で何らかの手掛かりを得られるのではないかと考え、17世紀に編纂されたとみられるDictionario Hispanico-Sinicumに付記されている字音について初歩的な調査・検討を行った。最終年にあたる3年目には、『漢西字典』に見える音体系について枠組みレベルで整理し、概要をまとめて発表した。上記の作業により、『漢字西譯』の内容に関する問題について、一端を解明することができたと考えている.
|