研究実績の概要 |
20世紀後半,言語研究に飛躍的な革新をもたらした生成文法理論では,人には生まれながらにして言語の仕組みが具わっており,言語獲得はこの仕組みに依存することで初めて可能になると考える。しかしながら,この人という種に固有の言語の仕組みは,言語間に現れる多様性の問題に直面する。本研究は,この問題意識のもと,類型論的に異なる日本語と英語(以下,日英語)の統辞構造の比較研究を推進する。 初年度の2019年度は、極小モデルとして結実した生成文法理論の枠組みのもと,日英語の統辞構造の背後に仮定されてきた併合操作 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の手続きを検討することから始めた。とりわけ,極小モデルの発展に伴い,移動と呼ばれてきた操作は統辞構造内の要素を対象に含む内的併合に,これまで併合と呼ばれてきた操作は統辞構造外の要素のみを対象とする外的併合に,それぞれ捉え直され,この二つの操作の違いは併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用手順の違いに過ぎないことが示された。本研究はこの点に注目し、併合操作の定式化の問題点を整理すると同時に、その解決に向けて研究を推進した。 具体的には,Chomsky et al. 2017 の議論を踏まえ,併合の適用前と適用後の作業空間の必要性を明らかにするなか、併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用前はXとYが作業空間に存在するが,適用後はX, Y, {X, Y} の三要素ではなく,{X, Y} のみが存在するという仮説をとりあげ、XとYはどのようにして作業空間から取り除かれたのか,という最も基本的な問題に取り組んだ。そして,この問題は、併合を作業空間に適用する操作として捉え直すことから説明する可能性を追求した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は,国内では慶應義塾大学言語文化研究所を拠点に,国外ではアリゾナ大学言語学科およびミシガン大学言語学科を拠点に研究課題に取り組むものであり,初年度である2019年度から積極的に各研究機関に出向き,Chomsky, Epstein, Seely各教授と専門知識・意見の交換を行った。加えて,2019年4月29日から5月2日までカルフォルニア大学ロスアンジェルス校(UCLA)で開催されたChomsky教授による連続講義に参加した。この連続講義では,本研究が採択する極小モデルの仮説群とその根拠,また併合操作の定式化の問題が議論された。 2019年度は,5月11日に開催された日本英語学会国際春季フォーラムに於いて付加構造の生成手続について,6月22日に開催された日本言語学会第158回大会に於いて多重指定部構造の生成手続について,それぞれ新しい分析を提出した。さらに10月26日に開催されたArizona Linguistics Circle 13: Research Across Linguistic Subfields,続く11月9日開催された日本英語学会第37回大会ワークショップに於いて,多重指定部構造をめぐる日英語の相違について取り上げ検討を加えた。2020年2月21日には,上智大学言語学講演会に於いて MERGE and Minimal Search: A Minimalist Challengeと題して招待講演を行い,本研究の成果を提示し大変有意義なコメントを得ることができた。 残念ながら2月下旬以降に予定されていた国外出張および研究会は,新型コロナウイルス感染拡大のためキャンセルせざるを得なかったが、この間、国内外の研究者とはインターネットを活用して意見交換を行い,2020年度の研究に向けた準備を進めた。
|