研究実績の概要 |
本研究は、類型論的に異なる日本語と英語(以下,日英語)の統辞構造の比較研究を推進する。2年目となる2020年度は、2019年度の議論を踏まえ、併合の適用前と適用後の作業空間の必要性を前提に、併合 (Merge (X, Y) = {X, Y}) の適用前はXとYが作業空間に存在するが、適用後はX, Y, {X, Y} の三要素ではなく、{X, Y} のみが存在し、XとYは作業空間から取り除かれるという問題に取り組むことから始めた。 具体的には、併合は適用前の作業空間のX, Yから {X, Y} をつくり、適用後の作業空間に {X, Y} を加えるが、{X, Y} 以外に何が含まれるかについては未指定であるとするChomsky (2020)の提案を受け入れ、XとYが作業空間から取り除かれるのを含め、併合適用後の作業空間に何が含まれるかは、作業空間の要素の保存と増加を制御する一般原理から導き出すことができることを明らかにした。続けて、これまで観察されてきた併合の適用方法が、この一見相反するように思われる二つの一般原理の最適解として導き出される可能性を指摘した。さらに、日英語の統辞構造に観察される厳密に制限された差異についても新しい洞察が得られることを確認した。 また、併合と一般原理の相互作用から、これまで統一的な分析を拒んでいた寄生空所構文 (parasitic gap constructions) やコントロール構文 (control constructions) に新しい分析を与えることが可能になることを確認した。さらに、両者の構文に存在する音声を伴わない空範疇 (empty categories) の生成過程とその解釈について、併合と一般原理の相互作用に基づく分析を追求した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、国内では慶應義塾大学言語文化研究所を拠点に、2019年度はChomsky, Epstein, Seely各教授と専門知識・意見の交換を行ったが、2019年11月にEpstein教授が逝去され、さらに12月以降はCovid-19の世界的流行に伴う厳しい状況下におかれた。しかし、2020年度に入り、米国・オランダ・日本の研究者でChomsky教授を囲むオンライン(Zoom)研究会を6月に立ち上げ定期的に研究会を開催し、統辞構造の生成過程の解明に向けて研究を精力的に推進した。 2020年度の主な研究成果としては、5月、Coyote Papers Volume 22に“Unifying Labeling under Minimal Search in Single- and Multiple-Specifier Configurations”と題する論文をEpstein, Seely両教授と共同執筆、11月8日、日本英語学会第38回大会(オンライン)ワークショップ「統語領域におけるcopyをめぐる諸問題-copy派生メカニズムの単純化」において「MERGEに基づくcopyの概念について」と題して発表、11月22日、日本言語学会第161回大会(オンライン)公開講演 Minimalism: where we are now and where we are going(招待講師:Chomsky教授)にコメンテーターとして参加した。オンラインというツールを使っての発信ではあったが、大変有意義なコメントを得ることができた。 2020年度は、Covid-19の世界的流行という状況下ではあったが、インターネットによるネットワーク化を進め、オンライン上で専門知識・意見の交換を行い、予定していた研究課題にはおおむね取り組むことができたと考えている。
|