研究課題/領域番号 |
19K00625
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
矢田 勉 東京大学, 大学院総合文化研究科, 教授 (20262058)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 漢字文献 / 片仮名文献 / 平仮名文献 / 中世初期の文字生活 / 散らし書き |
研究実績の概要 |
本研究計画は、日本語書記の最大の特質である、三文字種併用体系について、その実態およびそれを維持した原理としての文字意識の変遷に関する史的記述の構築を目論むものである。そのために、公刊もしくは電子的に公開されている資料はもちろん、公共機関や寺院等に所蔵される中古・中世期書写の文献資料について、表記体情報や書写年代の情報に加え、より深度ある書写に関わる情報を、出来るだけ多く収集しようとしている。 今年度は、その中でも特に、分量からいっても、また後の時代に被った蔵書組織の変化が比較的小さいという点でも、中世初期の文字生活のタイムカプセル的な様相を呈する京都市高山寺経蔵の資料について、漢字文献、片仮名文献、平仮名文献を総合的に分析し、その用途分担や互いの関係性などについてまとめ、「中世初期旧仏教寺院における文字生活─明恵上人とその周辺を例として―」(『高山寺経蔵の形成と伝承』汲古書院・令和2年3月18日発行)として公刊した。 また、三文字種併用体系の分析を進める中での副産物として、頓写用途を担った片仮名文に対して、美的展開の方向性を示した平仮名文について、その美的性質の典型的な顕現であると見られてきた「散らし書き」が、本来平仮名書記の成立に密着した要素であり、それを特殊な様式として捉えるのではなく、平仮名史の本筋として捉える表記史的観点が必要であることを明らかにして、「平仮名の基盤的書記様式としての散らし書き」と題して、第121回 訓点語学会研究発表会(令和元年10月20日)において発表した。同発表については、一層分析を深め、論文として改めて公刊する準備を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、探索範囲を局限しない資料・情報収集を行うと共に、中古・中世の日本の文字社会の全体像を補足するための、いわば試掘的作業として、京都市高山寺経蔵資料の集中的な分析を同時並行的に行ったが、当初予期した以上に、当時における漢字・片仮名・平仮名の用途分担および相互の関係性の捉え方の見通しについて、重要な知見を得ることができた。これを適応することで、高山寺経蔵という個別事象から、文字社会全体へ視点を広げていく見通しが、想定以上に明瞭に得られた。 また、副産物として得られた、「散らし書き」を重要な視点に据えた平仮名史の変遷原理に関する分析結果によって、本研究計画により日本語表記史の新段階を示すことができる見込みが確かなものとなったと考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今年度の成果によって、本研究計画の当初の基本方針に従えば、目的を達せられる見通しが立ったので、予定通り、中古・中世書写の文献資料について、なるべく多く、表記体情報や書写年代の情報に加え、①内容、②筆者(個人名および性別・官位・年齢などの属性)、③一次的書写・転写の別(文書であれば正文・案文・写し等の別)、④書写の方式(書誌学的情報や、全体書写か抄出か、など)、⑤その他各資料の個別的事項といった情報を収集・整理する作業を継続・加速する。その上で、高山寺経蔵のような、同時代的資料群の表記史的構造の分析も進め、それを蓄積することで、総合的な表記史記述にアプローチする。
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次年度使用額が生じた理由 |
ほぼ予算通りの額を執行したが、それだけでは研究計画に必要な支出の出来ない少額の残額について、次年度使用とした。次年度予算と合算して、調査旅費として使用する計画である。
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