研究課題/領域番号 |
19K00652
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研究機関 | 駒澤大学 |
研究代表者 |
土井 光祐 駒澤大学, 文学部, 教授 (20260391)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 聞書 / 鎌倉時代語 / 明恵上人高弁 / 観智記 / 中世語 / 高山寺 / 講経 / 伝授 |
研究実績の概要 |
明恵関係の聞書資料の内、特に高山寺蔵「観智記」本文の精密な翻字作業を進めて、内部構造、用語の性格、引用された典籍類との関係等の側面から検討した。「観智記」鎌倉時代中期写本は三帖からなり、特定の儀軌(「観智儀軌」)を原典に持つ唯一の聞書資料として注目される。「観智記」の言語資料としての特徴を摘記するならば、鎌倉時代中期の書写が確実な一等資料であること、比較的豊富な言語量を有すること、多種多様な明恵関係聞書類の中にあって特定の儀軌を原典とする唯一の聞書資料であること、主材とした元の聞書に有する識語から明恵の最晩節の法談に基づく聞書資料に位置すること、本文は仮名書き自立語を多く含む漢字片仮名交じり文を主体とし、古代語の言語規範から逸脱する言語徴証を多く含むこと、仮名書き和語に声点を付した例を含むこと等が挙げられる。 本研究の目的は、聞書資料に見られる言語的特徴の多様性の要因を「言語変種」とその「制約条件」という視点から客観的に分析する点にある。「観智記」は、書写年代の明確な一等資料としての信頼性の高さ、言語量、言語的特徴の多様性等において、第一級の資料的価値を有していることが具体的に確認された。鎌倉時代以前の聞書資料は、特定の原典に対する注釈的講義に基づく「講経」と、密教の口伝等に基づく「伝授」とに大きく大別され、その違いは言語的特徴とも関連する。概ね前者には古代以来の言語規範を逸脱する徴証を顕著に認める資料が目立つが、後者にはそのような特徴を持つ資料は僅少である。「観智記」は、儀軌を原典に有する点、内部の文章構成上の特徴という点からは「伝授」に基づく聞書資料としての性格を有しているが、古代語の言語規範を逸脱する言語徴証(いわゆる中世語的言語徴証)を多く含む点からは「講経」に基づく聞書資料と通底する性格を濃厚に有しており、極めて特異な位置付けにあることが確認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究の重要な拠り所となる言語資料「観智記」の精密な電子化テキストの確定と原典、引用典籍との対照作業が終了したことは、本研究を進展させる上で重要な基盤となるものであり、意義が大きいと考えている。この過程で、原本の漢字表記の電子化に伴う問題点についても改めて検証することができ、今後の本格的なデータベース化に際しての指針が明確になった。この作業過程において、同時代の他資料では認められない言語徴証を多く確認している。 一方で、他の聞書資料の電子化に際しての方針に修正を要する点も明らかになったので、資料個別の問題を踏まえつつ、例外的な処理と全体的な方針との整合性をより明確にすることができた。 コロナ渦により関係資料の原本調査が実施できなかったことは残念であったが、その分これまで集積してきた資料に基づいて分析を進展させることができたように思う。
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今後の研究の推進方策 |
コロナ渦により中断となっている原本調査を再開することが急務である。特に京都栂尾・高山寺経蔵には関連資料が多く所蔵されており、本研究テーマに関係する多様な周辺資料の原本調査が必要である。 聞書資料は、従来、口語性の含有を以て言語資料としての最大の特徴と認識されるのが一般的であるが、成立基盤にある寺院の教学活動の中に位置付けるならば、必ずしもそのような評価を一律に下すことは適切でないことがわかる。言語資料としての性格を正確に記述するためには、同じ教学的基盤の上に成立した他資料との言語比較を行うことが不可欠である。 従来、口語性の認められる資料のみが単体で取り上げられて、言語的特徴を時間軸に同定していく視点のみが優先されていたが、鎌倉時代の言語資料は口語の歴史を跡づけ得る均質な文献の伝存が期待できない。従って、口語性の含有する言語資料は、常に同一基盤で成立した他の資料群との言語比較という方法によって、初めて日本語史資料としての位置付けや特質が明確になる。 本研究において中心的な研究対象とする言語資料は、口語的徴証の含有が期待される聞書資料である点に変わりはなく、今後もその発掘と電子化、データベース化を鋭意推進していく予定であるが、その周辺資料についても、言語比較を企図した整理が必要不可欠と考えられるので、特に力を入れていきたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
主たる原本調査先である京都栂尾・高山寺は平成30年度9月の台風により甚大な被害を蒙り、境内は大規模な修復工事が継続して行われていたため、原本調査は不可能であった。また、2020年3月に予定していた原本調査はコロナ渦により実施ができなかった。これに伴い、予定していた実地調査とその成果を電子化して研究対象に加えることは見送らざるを得なかった。
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