研究課題/領域番号 |
19K00690
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研究機関 | 聖学院大学 |
研究代表者 |
小林 茂之 聖学院大学, 人文学部, 教授 (00364836)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 古英語統語論 / V2 語順 / 言語接触 / 言語獲得 |
研究実績の概要 |
古英語期散文における V2語順の変化を言語接触および言語習得の観点から通時統語論的分析を進展させた。 古英語の特徴的語順であるV2語順には,ゲルマン諸語で一般的なV2と同じく,動詞がCPに位置するタイプと,CP 以下のTPに位置するタイプとの2種類がある。これらの2種類のV2 の比率を初期古英語データとして『古英語版オロシウス』,後期古英語データとして『アルフリッチ諸聖人の生涯』について YCOE を使い,CorpusSearch をツールとして用いて,分析したところ,前者のタイプのV2の比率が高いことが明らかにした。 さらに『ヴェルチェリ説教集』の V2語順を分析し,先の結果と比較・検討すると,『ヴェルチェリ説教集』は両者の中間的数値を示すことから,古英語 V2語順の変化の時系列における変化の中間段階を反映する資料であるとみられる。この変化は,言語獲得モデル (Yang 2002: 52) によれば急激な変化であった可能性を示した。 『ヴェルチェリ説教集』では,V1語順が特徴的に見られるが,話題転換のような談話的機能を持つことが指摘されている。これはCPが情報構造的な機能を持つことから説明できる。この機能は非焦点化として説明される(Biberauer, T. and Roberts, I. 2008) 。また,V1語順は,Cの指定部を要求する素性が随意的に適用された場合に起こると説明できる。したがって,古英語のV2におけるCP構造の発達は, 第三要因とされる情報構造によってCP タイプの V2 が優勢になることで C におけるこの素性の義務化が起きた結果であると分析した。 初期古英語から後期古英語までの統語的変化を明らかにするためにはさらに包括的な研究が必要であるが,V2 の変化に着目することで言語接触を経て言語獲得のプロセスの見通しを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
コロナ禍のため,海外からの資料収集が遅れている影響や国内外の研究活動が制約を受けた影響により研究計画に遅延がやや生じたものの,ほぼ研究計画に沿って行った。古英語の統語的変化を歴史的事実として古ノルド語との言語接触が起きたことを踏まえて,言語獲得という母語の習得プロセスという言語進化論的に有意義な議論に具体的な統語変化であるV2の変化からアプローチした。 古英語の文法タグ付きコーパスとして標準的に使われているYCOEからデータを収集し,解析ツールとしてCorpusSearchを用いることで,研究データに一定の客観性があることを明示できた。 現在までに古英語の変化が8世紀以降,主にノルド語との言語接触がブリテン島の中央部から北部にかけてのデーン法地域で広く起きたと想定されてきたが,このような想定が通時統語論の進展に伴って十分に検証される必要がある。当研究は,歴史的事実から想定される言語接触に駆動された言語変化に対して理論的に妥当な説明を与えることができた。 通時統語論は生成文法の枠組みにおける歴史言語学であるので,生成文法の理論的発展に伴い絶えず分析の見直しが必要になるが,当研究はそうした試みとして具体的な成果を出した。
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今後の研究の推進方策 |
V2語順のCPタイプとTPタイプについて統語的分析を見直し,二つの構造間の関係を言語史的に解明していく。 従属節中にV2語順が起きる言語と起きない言語とがあり,従属説中のV2はドイツ語では存在しない理由はドイツ語のV2がCPタイプであることから説明される。CP主要部がすでに接続詞(補文化子)によって占められているので,動詞がそこに移動できないためである。従属節中のV2語順の存在はTPタイプのV2の可能性を示すと考えられるが,古英語では従属節中にV2は存在しないとされる。 したがって,従属節中のV2の有無をYCOEをコーパスとして利用して調査を進めることで検証する。 さらに,主文におけるTPタイプのV2が存在すると仮定した場合,V3語順の関係から主語位置が高い,低いの二つがあると提案されていることを,古英語のTP投射の構造の観点から考察を進める。 中英語期以降にV2が衰退する変化が起きたことから,古英語後期にはV2の衰退の兆しが起きていたことが予想されるが,この予想について考察を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ感染対策のため海外・国内学会がオンライン開催となり,また調査や資料収集のための出張も困難となり,これらの出張の旅費が支出されなかった。 今後のコロナ感染に関する海外・国内の動向を踏まえて,出張を実施し,不可能である場合には資料収集や研究論文の英文校閲のために予算を支出する。
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