研究課題/領域番号 |
19K00716
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
杉原 由美 慶應義塾大学, 総合政策学部(藤沢), 准教授 (00397069)
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研究分担者 |
OHRI RICHA 千葉大学, 国際未来教育基幹, 特別語学講師 (80770031)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 異文化間コミュニケーション / 言語文化教育 / クリティカルリテラシー / 文化的差異の知 / アクティブ・ナレッジ / パッシブ・ナレッジ / レピティティブ・ナレッジ |
研究実績の概要 |
本研究は、日本における国際共修と言語教育の授業において、学びの過程で文化的差異が生産・強化される問題に着目し、文化的差異に関するクリティカルリテラシー(批判的に考察できる能力)を促す新しい概念である「アクティブ・ナレッジ」の理論的・実践的枠組みを確立し、教育現場に示すことを目的としている。 2019年度は「国際共修授業を対象として、文化的差異のアクティブ・ナレッジ概念の明文化とモデル図式化を行う」質的研究を行い、教育者はどのような理論的な概念のもとに、どのような実践方法で、学習者の文化的差異の知を活性化できるかを探究した。 本研究では「文化的差異に関する知および知識」を主に三種類に分類して捉える。1)繰り返されてきたステレオタイプ的な言説を何も考えずにおうむ返しするレピティティブ・ナレッジ、2)本やメディア等から一方的に得た、自分の経験と直接結びつかないパッシブ・ナレッジ、3)先の二つの知識や相互行為の場で得た経験を、自分のこととして捉えて、その背景にある政治性(微細な権力作用や力関係が働いていること)に気づく「アクティブ・ナレッジ」である。 具体的な成果は以下の通り。 1)カナダのブリティッシュコロンビア大学教育学部の言語リテラシー教育リサーチセミナーにて研究発表を行い、理論的枠組み改善の課題(アクティブ・ナレッジと、パッシブおよびレピティティブ・ナレッジの違いの再検討と明確化)を得た。2)その課題を克服した研究を遂行し、世界的な社会言語学の大会Sociolinguistics Symposium 23の発表論文に採択された。3)それらの成果を踏まえ、国際共修授業にて新たな実践的枠組みを始動させた。日本で暮らしている様々な背景を持つ人たちの文化的差異に関わる「生の声」を集めるプロジェクトである。この題材を活用し、授業の中でアクティブ・ナレッジを活性化させ、その明文化とモデル図式化を追究していく見通しをつけた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1)首都圏の大学で開講された国際共修授業「多文化コミュニケーション」科目を対象とした質的研究を行ない、カナダで発表して、当初の計画であった「海外の応用言語学の学会での発表を通じた対話を行うことによって、アクティブ・ナレッジ概念を日本の文脈を超えて客体化が可能な概念へと育成する」第一ステップが達成できた。(発表タイトル:Developing critical literacy through the construction of active knowledge in intercultural communication、主要データ:授業の記録・履修者提出の授業成果物) 発表後の質疑応答から、理論的枠組みの「アクティブ・ナレッジ」と「パッシブ・ナレッジ」「レピティティブ・ナレッジ」がどのように異なるのかの再検討を課題として得た。 2)「Intercultural Communication in Japanese Context」科目(日英併用開講国際共修授業)を対象として、1)の課題を克服する研究を行い、世界的な社会言語学の大会であるSociolinguistics Symposium 23での発表論文に採択された。(発表タイトル:Knowledge construction and decolonization of intercultural education: Designing student interaction in an intercultural classroom) この大会は本来2020年6月に香港大学にて開催される予定であったが、COVID-19の影響により開催が2021年6月に延期される。 3)新たな国際共修授業において、2019年10月にNew Face of Japanプにしてロジェクトを始動させ、日本で暮らしている様々な背景を持つ人たちが、文化的差異が要因で背負わされる苦しみを「生の声」として集め、公表しはじめた。この「生の声」を授業ディスカッションの題材にし、そこから得た経験を学生が自分のこととして考えられるような授業展開を目指している。その狙いは、アクティブ・ナレッジを活性化させる要素を明確化し、その明文化とモデル図式化を図るところにある。
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今後の研究の推進方策 |
本研究を始めた当初、文化的差異を理由とした排除・差別を、学生はどのように自分のこととして捉えられるのかが大きな課題として掲げた。しかし、新型コロナウイルスが現れることによって全人類にとって共通の敵との戦い(あるいは新たな共存の模索)が始まっている中、排除・差別がより身近な概念になりつつあるといえる。文化的差異が生産・強化される問題がセンセーショナルな形で世界各地で起きている。具体的には、中国系および東アジア系への差別・偏見、医療従事者とその家族やコロナにかかった人に対する差別・偏見である。そして、類似した問題が日本に滞在中の外国人労働者と呼ばれる人々とその子どもたちにかかわる事象としてどう現れ、差別・偏見とどう繋がるか、という問いも同時に扱えると考えられる。言い換えれば、形は異なっているが、大勢の人々が直接的に、あるいは間接的に差別・偏見を経験している。この一連の現象を、文化的差異に関するクリティカルリテラシーを促す教育実践を行った上で、「アクティブ・ナレッジ」の理論的枠組みとして分析・考察する研究を行いたい。 研究の計画の段階では、2020年度は「アクティブ・ナレッジ概念の応用可能性を検討する研究として「言語科目」授業を対象としている。このようなパンデミックを経験することで差別・偏見の問題がより身近になったことでより積極的にアクティブ・ナレッジを促す授業が提供でき、またその成果も実証できると考えている。 さらに、2021年度には日本語科目や英語科目を対象に世界的な第二言語大会(TESOL)にアクティブナレッジ概念の応用可能性を発表・論文を投稿し、概念を洗練させ、knowledge constructionの図式化を目指す。最終的にはアクティブナレッジを各教育現場(言語科目・国際共修科目)に還元できる応用可能な概念として検証の上で提示する。その成果を本研究のウェブサイトにて日英両言語で国内外に発信する。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度には、年度末の2020年3月に、世界的な応用言語学の大会である the American Association for Applied Linguistics (AAAL) に参加するため、アメリカまでの旅費・滞在費などに当該助成金を使用する予定であった。しかしながら、COVID-19の影響で直前に大会が中止されたため、次年度使用となった。改めて、2020年度の年度末の2021年3月にAAALに参加するためのアメリカへの旅費・滞在費として使用を予定している。 また、Sociolinguistics Symposium 23に参加するための香港への旅費・滞在費を2020年度の使用額に計上している。しかしながら、Sociolinguistics Symposium 23が2021年6月に開催されることが決定したため、その額は2021年度に持ち越して使用する予定である。
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