研究課題/領域番号 |
19K00774
|
研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
原田 哲男 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, 教授 (60208676)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 日英語双方向イマージョンプログラム / 単音と促音 / 音声習得 / 外国語としての日本語(JWL)学習者 / 日本語継承言語(JHL)話者 / Maximal Opportunity: WMO / 第二言語習得 |
研究実績の概要 |
本研究は、高い外国語能力を持った高度グローバル人材の育成に不可欠と思われるバイリンガル教育で養成される日本語と英語、とくに音声習得能力に焦点を当てる。教室での伝統的な外国語学習よりもインプット、アウトプット、インタラクションが多いTwo-way immersion (TWI:多数派言語話者と少数派言語話者をそれぞれ約半分ずつでクラスを構成し、お互いの言語で教科学習を行うバイリンガルプログラム)に於ける日本語の単音と促音の生成について分析を行った。英語と日本語のTWIに在籍する児童の半分は、原則とし初めて外国語として日本語(Japanese as a World Language: JWL)を学ぶ児童で、残りは家庭内で日本語を使っている継承言語(Japanese as a Heritage Language: JHL)話者である。今年度の研究は、1)JWL児童は、JHL児童と同じように単音と促音を発音できるのか、2)JWL児童は単音と促音の区別ができているか、3)JWL児童の単音と促音は、低学年と高学年で異なるか、という三つの課題からなっている。参加した児童は、低学年36名、高学年48名が参加し、JWLが34名、JHLが50名だった。それぞれ単音と促音の長さを測定した。JWLの単音はJHLよりも長くなる傾向にあったが、[t, tt]以外の[p, pp]と[k, kk]は区別されていた。また、低学年と高学年はほぼ同じように発音していて、JHLと異なる発音だが、単音と促音の区別は低学年のうちに形成され、学年が上がっても変化は見られなかった。この結果は、Derwing and Munro (2015) のThe Window of Maximal Opportunity (WMO)を支持し、発音習得は集中的なインプットがある早い時期に起こるという仮説を支持した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究はほぼ予定通りに進み、とくに単音と促音の研究はさらに別の分析方法を導入して、多角的に検証することができた。同じ参加者のデータを使い、同じ研究課題を設定し、上で述べたWMOの仮説をさらに詳細に調べることとした。ただし、単音と促音は発話スピードに影響されることが多いので、直接測定した長さを次のように割合に換算した。 閉鎖時間の割合=促音の長さ÷単音の長さ(e.g., pp/p) 音節の長さの割合=促音を含む音節の長さ÷単音を含む音節の長さ(e.g., ppa/pa) 閉鎖時間の割合は、低学年のJWLとJHLの長さは統計的に異なり(JWL = 1.45, JHL = 2.07)、JWLの割合は小さいため、二つの音の区別は曖昧であったと言える。しかし、高学年になると、JWLとJHLとの差は縮まり、[kk/k]の割合はJWLとJHLとの間で統計的な差異はなくなった(JWL = 1.62, JHL = 2.07)。音節の長さの割合に関しても、低学年のJWLとJHL はどの調音点でも統計的な相違が見られたが(JWL = 1.18, JHL = 1.38)、高学年では[tta/ta]以外の[ppa/pa], [kka/ka]ではJHLと統計的な差異は見られなかった(JWL = 1.24, JHL = 1.38)。このことから、発音の上達は低学年よりもむしろ高学年で起こると言えそうである。WMO 仮説は、第二言語の環境に入った時の最初の1年前後で発音習得は起こるとしているが、教室に継承言語話者がいる自然環境に近いイマージョン教育の環境でも、継承語話者の発音に近くには、高学年までかかると言えよう。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究では、教室内に継承言語話者がいて自然環境に最も近い日英語双方向イマージョン教育(TWI)で、Voice onset time (VOT)と単音・促音がどのように習得されるかを研究してきた。その理論的背景として、The Window of Maximal Opportunity (WMO)(大人の自然環境の発音習得は急激なインプットが始まってから1年程度の早い時期起きるという仮説)が、母語の基本的な体系を既に習得した子供の発音習得にどの程度当てはまるかを検証してきた。本研究では、VOTといくつかの分析方法を使って単音・促音の習得データをもとに、WMO仮説を検討する。次のような暫定的な結果が出ている。1)VOTでは低学年と高学年の発音は変わらず、最初の1年か2年で継承語話者とは異なるが、日本語のVOTのカテゴリができているようで、まさにWMOを支持する。2)単音と促音の閉鎖区間を測定したデータでは、VOTと同じように、継承語話者と比べると曖昧であるが、低学年で単音と促音の区別ができるようになっていて、それ以降高学年になっても発音の上達は見られなかったため、WMOを支持すると言える。3)単音と促音の閉鎖時間の割合と促音と単音を含む音節の長さの割合を比べると、どちらの場合も低学年から高学年までに発音の上達が見られた。これは、部分的にWMOを支持し、自然環境に近い子供の場合は、3年程度のインプットが必要とされるのかもしれない。恐らく、TWIの環境でも自然環境と比較すると、インプット、アウトプット、インタラクションが限定的だからであろう。 今年度はデータ分析、解釈が中心で、出版に至っていないために、WMOの理論的枠組みを議論しながら、双方向イマージョン教育における音声習得に関する論文をまとめ、国際誌に投稿する予定である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
当該年度はコロナ感染拡大のために、国際会議が全てオンラインになり、主に旅費が使用できなかった。日本と異なり海外ではワクチン接種が急速に進んでいるので、状況が許せば国際会議やデータ収集のための海外出張費に充てる予定である。事態が改善しない場合は、データ分析を続け、研究補助者を雇用し謝礼とする。また、データ収集や分析用のパソコンが老朽化してきたので新しく購入することを考えている。
|