科研研究の1年延長した最終年度として、研究協力者と協力して研究成果報告書を作成した。令和元年度から3年度にかけての3年間に行った研究会(令和元年度3回、2年度7回、3年度6回、合計16回)、シンポジウム(2回)、展示会(1回)を踏まえ、『民衆画の世界、欧州と東アジアを比較する』をまとめたのである(令和5年3月)。ここでは、研究協力者の久野俊彦が日本の民衆画について、その定義から検討を加える論文を執筆し、また鈴木英恵、三津山智香、加藤紫識がそれぞれ日本における実証研究をまとめ、同じく研究協力者の三山陵、中尾徳仁が中国の年画について、さらに上田あゆみがフランスの民衆版画について、最後に研究代表者の原聖が欧州と東アジアを比較する論文を執筆した。資料として、令和4年2月、東京日仏会館ギャラリーで行った展示会「民衆画の世界」の小冊子(原聖、久野俊彦、クリストフ・マルケ、湯浅淑子、三山陵執筆)を掲載した。原の論文は英訳して、令和4年8月にイタリアで開催された国際文化史学会大会での報告が承認され、オンライン参加であったが発表を行った。原による最終的なまとめでは、近代国民国家形成に際して、民衆画は民衆レベルでの近代国民国家形成の指標となる役割を演じていた。その第1段階が17世紀であり、欧州でも中国でも日本でも民衆画の勃興期がまさに近代国民国家の形成萌芽期を示し、第2段階である19世紀は、民衆画における宗教的題材から非宗教的題材への移行期であり、民衆レベルでの国民国家への統合期を示すのである。19世紀になると民衆画に詞書が増加し、これは民衆レベルでの識字率の増大を示してもいる。このレベルではフランス革命のような政治的事件ではなく、こうした民衆文化の推移が国民国家形成に際して意味をもったと言えるのである。これこそ文化史、近代比較文化史の意義である。
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