研究課題/領域番号 |
19K00956
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研究機関 | 愛知県立大学 |
研究代表者 |
上川 通夫 愛知県立大学, 日本文化学部, 教授 (80264703)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 民衆史 / 民衆思想 / 普遍思想 / グローバルヒストリー / ユーラシア / 日本仏教 |
研究実績の概要 |
日本中世の民衆思想を、生活の現場から発せられた陳述史料にそくして解明し、その歴史的な脈略を前近代ユーラシア史において位置づけるという目的と方法に照らし、探査史料に基づいて論述を公表した。 論文「中世の巡礼者と民衆社会―可能思想としての外来仏教―」(伊東貴之編『東アジアの王権と秩序』汲古書院)では、1393年に美濃国の集落入り口(現岐阜県大垣市)に掲げられた禁制木簡をとりあげ、定住者と漂泊者の接点としての仏教に焦点を当て、「慈悲」の思想が生活者民衆によって主体的に獲得された事実を見いだした。論文「勧進帳・起請文・願文」(『愛知県立大学日本文化学部論集』第13号)では、正統国家思想としての仏教関係文書が圧倒的に多い中で、刻苦する民衆生活の実情から将来展望の意思を絞り出した書面を探し当て、仏教思想に借りた正義の観念と行動、非暴力の抵抗思想を抽出した。 上記2論文では、中世仏教史にとどまらず、古代仏教史、さらにはそれに連動する東アジアさらには中央アジア・南アジアを含むユーラシア史を考慮し、世界宗教としての仏教を介した普遍思想が列島民衆によって自覚的に表現される過程として構想した。そのための実証研究の一部として、論文「六、七世紀における仏書導入」(山尾幸久編『古代日本の民族・国家・思想』塙書房)において、西域からの仏書流通と漢文翻訳に連なるヤマト国家・律令国家の仏教導入政策を論じた。その際特に、『大般若経』に焦点を当て、日本中世での普及についての考察課題につなげた。 原本史料調査としては、延命寺(愛知県大府市)所蔵の15世紀写本『大般若経』600巻の精査に注力した。大学生・大学院生との共同調査を指導するとともに、調査データの整理と分析・考察を公表する準備を整えた(2022年度に報告書刊行予定)。その考察においては、前史としての長いアジア仏教史との関係を重視した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究課題の3年目、最終年度を次年度に控えて、史料探査と分析を継続する一方で、集成のための準備を組み込んだ研究を進めている状況である。その構想の有効性を検討し続けるために、日本史研究における民衆史研究の蓄積を検討することと、近時のグローバルヒストリーの研究動向に学ぶことの、2方面での研究史理解に注力してきた。2021年度における研究進捗の中間報告として、論文公表を継続しているが(【研究実績の概要】参照)、2019年度と2020年度の公表論文、またそれにつながる前段階の研究論文、さらには2022年度執筆予定の研究論文を含めて、単著論文集の刊行を予定しており、出版社の編集担当者との打合せを重ねている。 中世民衆生活史を素材とした本研究は、僅少な事例を刊本史料から博捜する地道な活動が基本であるが、実際の歴史展開の場についての地理的・景観的な理解が不可欠であり、荘園・村落またそれらと不可分の寺社(特に山寺)の故地を確認しつつ、歴史像再構成の課題に取り組んでいる。すでに公表した論文は、その成果を踏まえて論じている。 国際学会での報告は、渡航制限によって全く実現しなかったが、年度当初からそのことが予想されていたため、国内での現地調査と学会参加を多く組み込んだ。また、歴史学の現代的課題との関係で本研究課題を進める意図から、具体的な史料分析とは異なるが、歴史学研究会編『コロナの時代の歴史学』(2020年)の書評を共同で担当した(名古屋歴史科学研究会例会、2022年1月)。 およそ以上の進捗状況によって、2022年度に本研究課題に区切りをつけ、成果を集成して単著公刊する準備ことをめざしており、概ね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度にあたって、研究集成の単著論文集刊行のための作業を進める。「民衆仏教の形成と中世社会」(仮題)のもとで、既発表論文に新稿を加え、年度内に編集を確定する計画である。 国内外の学会で研究報告する機会を設け、批判を得ることで内容の充実化をはかる。予定論文集には具体的な分析に基づく新稿を加える予定であり、日本史の学会での研究報告によって、「中世民衆史における普遍的思想表出の仏教史的研究」という本研究課題の有効性を問うこととする。一方、2022年11月をめどに、ウズベキスタン共和国の諸大学を訪問し、歴史学系の研究者と交流する予定を立てている。コロナ禍状況に左右される可能性はあるが、「グローバルヒストリーへの架橋」という本研究の副題に即した議論による知見獲得を期待するとともに、中央ユーラシア史の現場理解に努めることとする。 史料探査と分析、論述は継続的に行う。関係する荘園・村落またそれらと不可分の寺社(特に山寺)の故地調査も継続する。 2022年度で本研究課題には区切りをつけるが、「日本中世民衆史における普遍的思想表出の仏教史的研究」という枠組みを再考・発展させつつ、次の研究課題につなげることとする。
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次年度使用額が生じた理由 |
国内旅費の執行計画が、コロナ禍の影響で中止せざるを得ないことがあったため。 次年度の出張を早い時期に設定することとする。
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