本科研は、中世日本の兵法書を地方の伝来文書群に発掘し、その伝授の系譜と兵法書にこめられた「国家」観をさぐることと、貴重資料の翻刻・紹介を目的としている。2021年度は、前年度につづきコロナによる閲覧制限などもあったが、年度末には大分県可児氏の資料類に兵法等の資料を確認し撮影・複写などを行った。また、2019年度に調査・撮影を行った防衛大学校図書館所蔵『黄石公三略私抄』の翻刻を完了させた。 研究成果の発表は、(1)「中世後期における地方暦と在地社会」(『新陰陽道叢書』第二巻、名著出版、2021年1月)、(2)「中近世移行期の兵法書にみる「国家」観-防衛大学所蔵『黄石公三略私抄』の翻刻と紹介-」(『愛知学院大学人間文化研究所紀要』37号、2022年9月刊行予定、入稿済)の2編を刊行、および入稿した。 (1)は、肥後人吉願成寺伝来の師資相承の証明書の印信類に記載される干支・七曜から地方暦の具体相を示した。また、相良氏家臣の記録『八代日記』、都城島津氏の『三代日帳』でも地方暦の実相を確認し、地方暦が生活暦として機能していることを確認し、また軍事行動に関わる記事を島津家文書の兵法書などと照合することで、その作成に修験者や密教僧が関わり兵法書に含まれる軍暦書と関わっていることを指摘した。(2は慶長19年に密教僧堯胤が中国古代の兵法書『三略』を注釈した書で、全文を翻刻・紹介した。その底本となる『三略』は清原家等の明経道の家の所持した『三略』とは本文が少しく異なり、漢籍を仏教者の論理で解釈した点に特色がある。その内容は、秀吉の治世下での覇道を排除し「安全ノ国」を願うものとなっている。これにより、戦国乱世が終わり到来した近世社会は徳治主義を根幹としたが、それは儒者だけでなく密教僧など幅広い人々の願望を基盤としていたことを確認できた。 右の成果によって兵法書の理解を広げられたと思う。
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