本研究は、日本中世の宗教を素材に「個人」と宗教との関わりについて考察することを目的としてきた。日本中世では国家(公武政権)が願望成就等の手段として祈りを選択してきた事実があるが、その宗教性を内包した権力支配を下支えする「個人」と宗教の関係を探ることがまずは当面の課題である。人間社会と宗教との関係は現代においても切り離せないものだが、一方で現代日本の場合はそれが見えにくく、また意識されにくいものとなっている。歴史的考察によって浮き彫りとなった宗教性の特質が現代社会と宗教との関わりをいかに考えるかの補助線になり得るのではとの想定も先の課題であり、かつ本研究の意義であると考えている。 本研究では、ある「個人」が抱く①願望の内容②成就の手段③祈りの効果④祈りに対する「個人」の受けとめ⑤その結果による「個人」的信仰の変化、を軸に検討を進めてきた。最終年度には天台宗の祈りの場である寺院を精査し43項目を執筆(『天台学大辞典』天台学大辞典編纂室、未刊)、また鎌倉幕府への関心が高まるなかでその宗教との関連にも注意を促した講演(「古文書・古記録にみる「鎌倉殿」」)を実施し、「個人」的な願望成就の手段としての祈りに武家・寺家という権力体が一方で抑圧をみせていた歴史的環境について考察した。 なお本研究全体としては、令和元年末に上梓した『神仏と中世人 宗教をめぐるホンネとタテマエ』(吉川弘文館)で一定の成果を示すことができたが、一方でその後をどう展開させるかという点で課題もみつかった。これまで平安貴族社会をフィールドに設定していたことから、武家社会に関する考察がその鍵となるとし、本年度の成果となった報告に繋げることができたが、武家社会を構成する武士「個人」に対してさらに踏み込んだ検討が必要であることも浮き彫りとなった。
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