研究課題/領域番号 |
19K01011
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館 |
研究代表者 |
高橋 裕次 独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館, 学芸研究部, 客員研究員 (00356271)
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研究分担者 |
中村 玲 実践女子大学, 文学部, 助教 (80745175)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 古文書 / 典籍 / 和紙 / 手漉き紙 / 漉き返し / リサイクル / 繊維 / 紙屋院 |
研究実績の概要 |
本研究は、平安時代11世紀中頃に官営製紙所の図書寮紙屋院(かんやいん)が、奈良時代に始まった漉返紙の製作技術を改良し、漉き返しの着色繊維を用いた日本独自の技術である「漉きかけ」の料紙を創出したことに注目し、紙屋院の実態に迫る。これまでの紙屋院に関する研究を踏まえつつ、繊維の再利用という観点から、文書・典籍料紙における漉返紙のあり方、製造技術および機能と変遷を明らかにする。こうした個別テーマの基礎的な研究の蓄積により、料紙研究の方法論を確立することが本研究の目的である。 本年度は紙屋院が製造した各時代の上質な料紙がどのようなものであったかを知るために、京都・陽明文庫が所蔵する宮廷関連文書・典籍のなかでも藤原道長(966~1026)の自筆日記である国宝「御堂関白記」をはじめとする、紙屋院の活動と密接な関係があるとみられる国指定文化財などの料紙について調査を行った。対象は①紙屋院が「漉きかけ」の料紙を創出する以前の「御堂関白記」長保6年(1004)条。後朱雀天皇が関白藤原頼通に宛てた長久5年(1044)の自筆書状。②紙屋紙が漉き返し紙に変質したとされる1086年以降の、関白藤原忠通(1097~1164)の自筆書状。忠通の子慈円の貞応3年(1224)の自筆書状。さらに貴族が愛用した檀紙の典型例として知られる「熊野懐紙」は後鳥羽上皇、藤原家隆、寂蓮の自筆3点をとりあげた。陽明文庫では以上の計7点によって、不明の点が多い紙屋院の歴史と関連して、紙屋紙の変遷を明らかにする手がかりを探った。 また大倉集古館の所蔵および寄託の文書・典籍および絵画の料紙約40点について、赤外線ライトを用いた顕微鏡、高倍率顕微鏡による漉き返し、繊維の再利用に関わる詳細調査を実施した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は奈良時代や平安時代後期の色紙経などを対象に、紗漉きの痕跡の有無や繊維の再利用、染色技法を解明する方針であったが、コロナの影響で調査が困難な状況であった。そこで2021年度に予定していた京都・陽明文庫の宮廷関連の文書・典籍類および個人蔵の藤原定信筆『法華経』(戸隠切)の調査に変更して実施した。 五摂家の筆頭である近衛家に伝来した陽明文庫の文書・典籍では、藤原道長自筆の「御堂関白記」「後朱雀天皇自筆書状」「藤原忠通自筆書状」など、最高水準の原料処理、製紙技術とみられる上質な料紙とともに、高倍率の顕微鏡で初めて発見できるほどの微細な墨痕の混入などを確認した。こうした特別な料紙の技法を解明するために、越前和紙協同組合の工房の協力を得て、現地にて紙漉き技術者との意見交換などを行い、有益な情報を得ることができた。また、個人蔵の『法華経』(戸隠切)については、墨痕の存在と料紙の薄墨色によって漉き返しであることが明らかであるが、別色の同経についての調査が必要であると考える。 また大倉集古館の所蔵および寄託となっている文書・典籍、さらに個人所蔵の絵画を含む作品について、赤外線ライト付きの顕微鏡、高倍率の顕微鏡を用いて、漉き返し、繊維の再利用に関わる詳細調査を実施した。その結果、日本で紙漉きに際して繊維を細断するのは、奈良時代前期までの麻紙の製紙技術にみられる以外では、紙屋院の活動と関わる繊維の再利用が行われた期間に限られていると考えるにいたった。
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今後の研究の推進方策 |
〔2021年度〕奈良、平安時代を中心に江戸時代におよぶ「大日本古写経」500点の写経切を対象に、料紙の材質、繊維の配向性、添加物、染色技法、漉き返し、料紙の再利用の有無などを中心に調査を実施する。また、平安時代後期、様々な色の着色繊維を「漉きかけ」した2層漉きの色紙経である愛知・満性寺の「色紙阿弥陀経」、福岡・英彦山神宮の「仁王般若経」などの料紙について、紗漉きの痕跡の有無や、繊維の再利用、染色技法などを解明し、紙屋院の果たした機能の実態を把握する。 〔2022年度〕平安時代11世紀中頃には、紙屋院において着色した繊維を漉きかける加飾料紙の発展をみたが、宿紙が薄墨色の漉き返し紙に変貌したことについては、紙屋院の衰退との関連のみが強調されている。京都・醍醐寺にて、紙屋紙の基準作にして最古の綸旨の正文とされる「後冷泉天皇綸旨」や、漉き返し紙を用いた聖教を対象に調査を実施し、材質や伝来、用途などの分析を通して料紙の情報の収集に努める。 中国では漉き返し紙を「還魂紙」と呼んでいるが、その技術や歴史に関する研究はみられない。中国との交流を示す墨蹟・漢籍の料紙や、韓国に由来する作品などを対象に調査を実施する。また、台北故宮博物院で新たに発見された唐紙の調査を行い、中国における漉返紙の実態を明らかにする。なお、文書・典籍の料紙について、各種の料紙の関連性を考えながら調査を進める。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナの影響で旅費をともなう調査で実施できなかったものが多いため、次年度に調査を実施する予定である。
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