研究課題/領域番号 |
19K01011
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研究機関 | 独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館 |
研究代表者 |
高橋 裕次 独立行政法人国立文化財機構東京国立博物館, 学芸研究部, 客員研究員 (00356271)
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研究分担者 |
中村 玲 実践女子大学, 文学部, 助教 (80745175)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 古文書 / 典籍 / 和紙 / 手漉き紙 / 漉き返し / リサイクル / 繊維 / 紙屋院 |
研究実績の概要 |
本年度は、奈良、平安時代を中心に江戸時代におよぶ「大日本古写経」500点の写経切、2種の写経貼交屏風など、さらに個人所蔵の写経10数点を対象に、料紙の材質、繊維の配向性、添加物、染色技法および繊維の再利用の有無を中心に調査を実施した。 奈良時代、図書寮の付属機関である紙屋院の存在は、神亀5年(728年)の「正倉院文書」に紙屋紙の名称がみられることで確認される。当時の写経料紙の中で特徴的な性質をもつ荼毘紙の料紙の表面にある粒々は、原料であるマユミの靱皮繊維の処理の段階で除去できなかった樹皮および樹脂の凝固したものを活かしたケースと考えられる。荼毘紙は、正倉院文書の分析から、天平年間(729~749)のうち9年間だけに使用されたと考えられている特別な料紙で、雁皮、楮の繊維を混合し、胡粉を混入するなど、実験的な試みがうかがえる点で、紙屋院の関わりが想定できる。 平安時代12世紀の法華経の遺品で、薄墨、薄藍、薄紅などの漉返紙に1行8基の雲母摺りした宝塔形中に、経文を藤原定信が行書で書写した「戸隠切」を対象に、漉返紙としての特質を検討した。この料紙の色は、鼠色か薄紅色とみられるため、顕微鏡で平安時代の薄紅色などの写経料紙の繊維や細部を比較し、褪色の度合いなどをふまえながら、薄紅の漉返紙と判断するに至った。 さらに、12世紀に藍繊維を漉きかけた和様の筆跡の装飾料紙の調査で、ベースは雁皮紙であった。漉きかけた繊維は藍と非染色の楮繊維であり、繊維にはやや黒ずんだ箇所や、細かい墨痕がいくつもみられる。したがって、この漉きかけは、引き染めで著色された料紙の繊維を再利用した可能性が高いと考えられる。なお鎌倉時代の写経断簡のうち「法隆寺薄墨経」(大方廣佛華嚴經卷第10断簡)および「不知題経」(瑜伽師地論卷第85断簡)の2点については、切り刻まれた墨色の繊維や紙片などから漉返紙と確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究は、平安時代11世紀中頃に官営製紙所の図書寮紙屋院(かんやいん)が、奈良時代に始まった漉返紙の製作技術を改良し、漉き返しの着色繊維を用いた日本独自の技術である「漉きかけ」の料紙を創出したことに注目し、紙屋院の実態に迫る。これまでの紙屋院に関する研究を踏まえつつ、繊維の再利用という観点から、文書・典籍料紙における漉返紙のあり方、製造技術および機能と変遷を明らかにしている。こうした個別テーマの基礎的な研究の蓄積により、料紙研究の方法論を確立することが本研究の目的である。 令和3年度は、奈良、平安時代を中心に江戸時代におよぶ「大日本古写経」500点の写経切をおよび、平安時代後期、様々な色の着色繊維を「漉きかけ」した2層漉きの色紙経である愛知・満性寺の「色紙阿弥陀経」、福岡・英彦山神宮の「仁王般若経」などを対象に検証し、紗漉きの痕跡の有無や、繊維の再利用、染色技法を解明する予定であった。しかし、コロナが拡大するなかで、関東以外の地域に出張することで、万一コロナに感染することがあれば、関係する職場などに多大な影響を与えるため、出張は困難であると判断するに至った。 そのため、愛知・満性寺、福岡・英彦山神宮などの調査は取りやめ、「大日本古写経」500点の写経切をはじめ、奈良より鎌倉時代の写経断簡を収める写経貼交屏風、個人所蔵の写経などを対象に、料紙の材質、繊維の配向性、添加物、染色技法および繊維の再利用の有無を中心に調査を実施した。また
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今後の研究の推進方策 |
平安時代11世紀中頃には、紙屋院において着色した繊維を漉きかける加飾料紙の発展をみたが、宿紙は薄墨色の漉返紙に変貌した。京都・醍醐寺で、紙屋紙の基準作にして最古の綸旨の正文とされる「後冷泉天皇綸旨」の紙質の分析などを通して料紙の情報の収集に努める。また、令和3年度に実施できなかった平安時代後期、様々な色の着色繊維を「漉きかけ」した2層漉きの色紙経である愛知・満性寺の「色紙阿弥陀経」、福岡・英彦山神宮の「仁王般若経」など繊維を再利用した写経を対象に調査を行う。 中国では漉返紙を「還魂紙」と呼んでいるが、その技術や歴史に関する研究はみられない。中国との交流を示す墨蹟・漢籍の料紙や、韓国に由来する作品などを対象に調査を実施する。また、台北故宮博物院で新たに発見された唐紙の調査を行い、中国における漉返紙の実態を明らかにする。なお、文書・典籍の料紙について、各種の料紙の関連性を考えながら調査を進める。 また、福井県越前市の紙漉き工房を訪問し、これまでの紙屋院および繊維の再利用に関わる研究の成果を、紙漉きの現場における作業をとおして確認したいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナが拡大するなかで、関東以外の地域に出張することで、万一コロナに感染することがあれば、関係する職場などに多大な影響を与えるため、出張は困難であると判断するに至った。したがって、計画の変更を実施し、出張を取りやめたことにより、次年度使用額が生じた。
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