本研究は東アジアの君主が自らの正統性を主張するために儀礼音楽を整備したという国家論の視点を用い、儀礼音楽の比較という見地からその歴史的背景を解明するものである。 以上の内容に沿って、研究の最終年度である2021年度は、中国の儀礼音楽のあり方に大きな影響を与えた、儒学の経典『周礼』をテーマにした論文を発表した。それと並行して、一般向けに『周礼』と儀礼音楽の関係の他、東アジアと正統性の問題を扱った文章も発表した。 論文については、「南朝の天下観と伝統文化」(荒川正晴編『岩波講座世界歴史』第6巻〔中華世界の再編とユーラシア東部 四~八世紀〕、岩波書店、2022年1月)を発表し、これまでの研究成果を踏まえつつ、中国の儀礼音楽における『周礼』の重要性について論じた。具体的にいうと、魏晋南北朝時代の『周礼』には、もともと中国の周辺あるいは地方の制度・思想に過ぎなかったものを王朝の「伝統文化」に変換する役割があったことを述べた。 一般向けの文章としては、岡田和一郎・永田拓治編『漢とは何か』(東方書店、2022年3月)において、第5章「漢から周へ―東晋南朝」、コラム「天下の中心の測り方」の執筆を担当した。前者は上記の論文の内容を一般向けにわかりやすく解説しつつ、新たに研究史における意義を説いたもの。 後者はこれまでの研究成果を踏まえつつ、南北朝時代に正統性をめぐる王朝間の争いが、自国に有利になるような『周礼』の新たな解釈を生んだとするもの。
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