6世紀末から7世紀初めにかけてチベット高原をはじめて統一した古代チベット国(吐蕃)は、周辺の様々な民族・集団を支配下におく一大帝国へと成長し、さらに2世紀半にわたり存続し続けた。急成長した新興国家が長期にわたり存続し得た理由の一端がその国家体制にあることは十分に予想されるところであるが、チベット帝国がどのような国家体制を有していたのか、不明な点が多い。そこでこの課題を解決するために、チベット帝国の文書行政体制の解明を目指す。中央アジア出土文書などの一次史料を元に、公文書の書式研究と文書処理のプロセスを解明し、長期支配を実現可能にした国家体制の性格の一端を明らかにする。
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