研究実績の概要 |
本年度の最大の成果は、ニューヨーク市立大学のThe Jordan Center for the Advanced Study of Russiaにおいて、オンラインで研究報告を行なったことである。そのタイトルは The Sanatorium Movement, the Union of Towns and the Envisioning of Post-War Russia, 1914-1917である。報告は2021年4月26日(現地時間)に行なわれた。報告の内容は、第一次世界大戦期にロシア帝国で展開されたサナトリウム運動についての分析である。とりわけ運動を中心的に組織した全ロシア都市同盟が、結核対策をはじめとする都市の「健康化」をどのように進めたのか、それは戦後のロシア社会全体の刷新に関するいかなる構想を含むものであったのかを明らかにした。全ロシア都市同盟は、結核患者である兵士を、家族への潜在的な感染源であり、帝国の人的リソースにとっての大きな脅威であるとみた、このように総動員体制と見合った病気観をもつ一方、全ロシア都市同盟はまた、予防注射、都市美化、サナトリウム経営などの広範な分野における医療活動の合理的な組織化を通じて、帝政当局に対して都市生活への発言権を高めることも目指していた。本報告はまた、そうした医療活動を支える思想としてロシア・ナショナリズムがあったことも指摘した。クリミアなど帝国周縁部に多く存する保養地と違い、サナトリウムは景勝地でなくとも設営が可能であり、大ロシア地域にも拡張できた。ロシア・ナショナリズムに支えられて、都市への管理を強めようとする全ロシア都市同盟は、サナトリウム運動を通じて、身分制的・王朝的な生活管理にかわる統治を模索していた。その試みは、帝政期からソヴィエト期への展開を仲介するものであったといえる。本報告をもとにした英語論文を執筆中である。
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