研究実績の概要 |
まず、ラテン語におけるrepraesentareの古代以降の語義の変遷をたどり、中世後期においてはじめてこの語が「代表」という用法を獲得していくことをH・ピトキンらの議論を踏まえて確認した。 次いで、マッカッローネによる教皇の称号に関する古典的研究(M. Maccarrone, Vicarius Christi. storia del titolo papale, Roma 1952)およびティアニーによる公会議主義の理論的基盤となる中世中期の教会法学者たちの議論に関する研究(B. Tierney, Foundations of the Conciliar Theory, Leiden 1997)を検討することにより、主に西洋中世の教会人や知識人たちによってローマ教皇がどのように理解されたのかを整理することができた。 教皇の称号については、11世紀以降の教会改革期に「ペトロの代理人」に対して「キリストの代理人」という表現が多用されるあらたな傾向が現れたことを確認した。また、13世紀以降、フランスなどの世俗王権と教皇権との間の優劣が知識人たちにより議論される際、キリストを代理することの意味や代理がどの程度のものであるかという点などが深く追究され、教皇権を擁護するにせよ限定づけるにせよ、理論の深化が進んだことを明らかにすることができた。 公会議理論に関しては、14世紀の教皇並立(シスマ)を契機として、その解決を求める過程で教皇の権威や公会議に関する議論が進展した。ただし、それ以前に教会法の発展とともに法学者たちが普遍的教会や個別地域的教会について「神秘体(copus mysticum)」や「信者の総体(congregatio fidelium)」などの概念が用いられたことを跡づけることができた。
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