研究課題/領域番号 |
19K01067
|
研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
肥後本 芳男 同志社大学, グローバル地域文化学部, 教授 (00247793)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
|
キーワード | アボリショニズム / クエーカー / 西部開拓 / 奴隷制 / 公共圏 |
研究実績の概要 |
本研究プロジェクトの初年度にあたる2019年度には、大西洋史の観点から初期アボリショニズムの台頭に重要な役割を果たしたクエーカー教徒に焦点をあて、クエーカー・コミュニティにおける奴隷制をめぐる論争について先行研究の整理を行った。昨年春、歴史家マーカス・レディカー氏が来日された際、討論者の一人として教授の講演についてのコメントをする機会を得た。その後で彼とアボリショニズムの思想的源泉について意見交換をすることができた。彼が最近刊行した18世紀初頭の異端のアボリショニスト、ベンジャミン・レイについての研究書は、イギリス本国とアメリカ植民地双方におけるクエーカー・コミュニティ内の奴隷制に対する見解の変化を詳細にたどるものであり、大西洋世界における英米のアボリショニズムの萌芽を考えるうえでおおいに知的刺激を受けた。 大陸的な視点からは、昨年度はアメリカ合衆国の西部領土の拡大にともなう当時の指導者の西部開拓構想のなかで奴隷制問題がどのように議論されたのかについて再検討した。独立達成から第二次米英戦争にかけていまだ不安定で脆弱な北米の連邦共和国は常に分裂の危機を孕んでおり、西部新領土の統治をめぐる議論のなかに奴隷制の是非がすでに潜在的な争点としてくすぶっていた事実を検証できた。 研究成果の一部として、2019年11月23日に第47回中・四国アメリカ学会年次大会シンポジウム(於 サテライトキャンパスひろしま、広島市)において「ジェファソン研究の変遷と文化戦争」という研究報告を行った。現在、独立革命以降米国議会のみならず様々な「公共圏」において急進的なアボリショニストの活動が具体的にどのような影響を及ぼしたのかを追究している。この成果は、早い時期に学会報告と論文の形でとりまとめ広く公開する予定である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
昨年度は本務校での各種委員会業務に追われたものの、本研究はおおむね順調に進捗しているといえる。 本研究課題は主に3つのリサーチ項目が時系列的に相互に関連しあっている。当初の研究計画にしたがってこれらの重要な項目を順次掘り下げていく計画である。具体的には、(1)環大西洋アボリショニズムの台頭とそれがもたらした社会的、経済的な反動、(2)アメリカ合衆国における領土拡大と福音主義の浸透、西部新領土での奴隷制の是非をめぐる対立、(3)1830年代以降の米英のアボリショニストの連携がアメリカの広い意味での政治文化や政党再編に及ぼした影響である。プロジェクト初年度にあたる2019年度は、(1)のアボリショニズムの思想的源泉に目を向け、アボリショニズムが広く大西洋世界で社会的な運動へと拡大してゆく過程に焦点を当てて基礎的な研究を行った。とりわけ、本研究ではイギリス人のキリスト教的人道主義や自由の精神をアボリショニズムの中核を占めた思想とみなす一国史的な「クラークソン説」や、産業資本主義の成長が奴隷制廃止運動の背後にあったとみる「ウィリアム・テーゼ」を超えて、19世紀初頭のアボリショニズムのインパクトについてより統合的な解釈枠組みを模索している。 大西洋史的な文脈では、信仰や商業の自由を強調すると同時に、善行によって個人の魂の救済を説く福音主義教会の草の根的な活動と役割をもっと重視すべきであろうという見通しを得た。新共和国の領土拡張と奴隷制をめぐる公共圏での議論が大西洋世界でのアボリショニズムの台頭によっていかに規定されたのかについて基礎史料をもとに掘り下げている。くわえて、建国初期に勃発したアメリカ北西部沿岸の領有権をめぐる国際紛争に新生アメリカ合衆国がどのように対応したのかについてもグローバル史の文脈の中で分析を進めている。
|
今後の研究の推進方策 |
2019年度は本務校での委員会業務により夏休暇も限られたこともあり、ワシントンD.C.にある米国議会図書館での1週間足らずの短期のリサーチしかできなかった。マニュスクリプト史料の解読にはかなりの時間と労力を要する。今後も大学業務により夏休暇が十分に活用できない状況が続くことも考えられるので、現地調査を開始するまえに検討すべき史料を精選し、もっとリサーチ・ターゲットを絞って効率的に研究を進める必要があると改めて感じている。 2020年度は、上記研究計画の(2)にあたる段階にまで踏み込んで研究を掘り下げる。具体的には、1819年から20年にかけて米国議会で繰り広げられ、「ミズーリの妥協」で一応の決着をみた論争についていくつかの重要な州に焦点を当て州レベルでの議論と反応を追っていく作業を行うつもりである。その際に反カトリック的な福音主義とアボリショニズムの西部への浸透が西部諸州でどのように結びつき、奴隷制をめぐっていかなる議論を呼び、西部の政治文化にどのような影響を及ぼしたのかを具体的な事例から分析する予定である。 ローカルなレベルでの奴隷制をめぐる議論を詳細に分析するためには、現地調査が必要不可欠であるが、2020年3月初めごろから急速に拡大したコロナウイルス禍の影響のもとで従来通り渡米し、リサーチを敢行することが可能なのかどうかが目下の最大の懸念である。現地調査ができない場合には、アクセス可能なデジタル史料に依拠する以外に選択肢はないので、閲覧すべきデジタル史料に関する調査も着実に行い不測の事態に備えておきたい。一次史料にアクセスできないのは本研究プロジェクトにとって大きな痛手であるが、論文や二次文献の収集・整理を含めて研究プロジェクトの進捗に支障がでないように最大限の努力をするつもりである。
|