エジプト中王国時代末期における統一王朝の衰退と北部メンフィス地域から南部テーベ地域への中枢の移動、その過程における外来勢力拡大との関係など、当該期の王朝交替プロセスを墓出土資料の考古学的検討を中心に碑文資料や理化学的手法を併用して解明することが、本研究の目的である。そのため、メンフィス地域で王朝交替の前段階に当たる時期に墓が造営されたダハシュール北遺跡の発掘と、得られた資料による分析を毎年度実施した。 2022年度には、前年度にダハシュール北遺跡で発見した、同遺跡で最大級の中王国時代の墓、163号墓で発見された埋葬の分析を実施した。この墓は既に盗掘を受け、副葬品の大部分は持ち去られていたが、内部に碑文・図像が描かれた箱型の木棺が残されていた。木棺は極めて保存状態が悪く、碑文・図像の大部分は失われていたが、底部を含め箱内部の全面に碑文が書かれていたことが分かった。そして東側の側面は最も状態が良く、内面の向かって左側には供物が盛られた卓の図像、中央部には「口開けの儀式」について記されたコフィン・テキストの章句、右側には供物のリストが書かれていたことが分かった。碑文から、被葬者の名前はプタハエムサフ・ネフェルビイトであることが判明した。生前の役職を示す称号などは確認できなかった。 また、2023年にダハシュール北遺跡の発掘調査および出土資料の整理作業が遂行された。遺跡の中央部付近に南北10m、東西20mの調査区が設定され、発掘の結果7基の竪穴墓が発見され、その内2基が中王国時代のものと判明した。この内の1つは竪穴と地下の埋葬室の間にスロープ状の通郎が設けられ、埋葬室天井はヴォールト状を目指して掘削されていたようであり、本遺跡ではこれまでに見られなかった特徴を持っていることが判明した。残念なことに副葬品はほとんど残されておらず、被葬者の詳細や年代を示す資料は得られなかった。
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