北シリアのユーフラテス川中流域は、前1-後8世紀にかけて西側(ローマ帝国・東ローマ)と東側(アルサケス朝パルティア・サーサーン朝ペルシア)との「境界域」であった。多種類の埋葬施設が点在しており、様々な民族や文化が交錯し、また支配者、地元層、一時的な移住者などが混在していたと考えられる。本研究は、古代オリエント博物館が1974~80年に北シリアで実施した発掘調査を再検討することで、多様性を持つこの地域の埋葬文化の特徴を明らかにすることを目的とした。出土資料の大半がシリア政府から日本に分与されており、特に未盗掘のルメイラE2号墓の資料を中心に精査および化学分析を進めた。ユーフラテス川に面する緩斜面の石灰岩盤を穿った横穴墓で、4つの棺床から5体分の人骨が検出されている。放射性炭素年代測定で421-537年(95.4%)の暦年較正結果が出た。被葬者が身につけていたと推定されるビーズ約40点は、赤メノウやアメジスト、単色ガラス、3色以上のガラスからなるトンボ玉など多様で、技法や基礎ガラスおよび着色剤の蛍光X線分析から、制作地が多岐に渡る。床面および棺内から出土した約60点の土製ランプも、アンティオキア産の型製品と地元産の簡素なランプが混在していた。残留有機物から抽出したパルミチン酸・ステアリン酸の分子レベル炭素同位体組成を現生日本産生物と比較するとオリーブオイル単体(C3植物)より高い。油脂の特定には至らなかったが植物性の精油成分が検出されたことが注目される。ランプの推定油量は5-10gと日常使いのランプより少なく、3Dデータによる復元ランプの燃焼実験では約1時間半程度の持続であった。ユーフラテス川沿いのキリスト教関連の幾つかの墓に出土資料の類似性が見られることも検討事項となった。本研究の成果は学会等で発表したほか、博物館における展示や講演、子供向けワークショップなどで活用した。
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