2022年度は、新型コロナウイルス感染症の影響が下火となり、イラク・クルディスタン自治区に渡航し、スレーマニ文化財局にてシャカル・テペ遺跡出土土器資料の考古学的ドキュメンテーションを実施することができた。同時に、夏季に発掘調査を実施したシャイフ・マリフ遺跡の新たな出土土器資料のドキュメンテーションも進めることができた。 これらの結果、イラク・クルディスタン自治区における近年収集された資料として、テル・ベグム遺跡2013年出土資料、シャイフ・マリフ遺跡2012年表面採集資料および2022年出土資料、シャカル・テペ遺跡2019年出土資料の計4資料群のデータを、20世紀半ばにイラク北部で表面採集された東京大学総合研究博物館所蔵資料として、テル・ハッスーナ遺跡採集資料とマタッラ遺跡採集資料の計2資料群のデータを取得することに成功した。 これらの資料群を型式学的に検討すると、前7千年紀後葉に特徴的なハッスーナ標準土器には少なくとも二つのヴァリエーションが存在することが分かった。イラク・クルディスタン自治区のシャイフ・マリフ遺跡やシャカル・テペ遺跡には、示準遺跡であるイラク北部のテル・ハッスーナ遺跡とは諸属性が異なる土器群が存在する。一方、マタッラ遺跡の調査資料は後者に類似するものが多かったが、かつてのシカゴ大学による発掘調査報告を照らし合わせると、時の経過とともに前者から後者へと推移することが示唆される。既刊文献の情報を総合するかぎり、両者の地理的境界は小ザブ川付近にありそうだが、編年的な前後関係との関連をどのように考えるのかが今後の検討課題となる。 一方、テル・ベグム遺跡で出土した前6千年紀半ばの土器資料は、イラク北部やイラン高原といった複数の地域の特徴を併せ持っており、当時の地域間関係の活性化を色濃く反映していることが分かった。
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