研究課題/領域番号 |
19K01143
|
研究機関 | 兵庫県立大学 |
研究代表者 |
三谷 雅純 兵庫県立大学, 自然・環境科学研究所, 客員教授 (20202343)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 高次脳機能障害 / 聴覚失認 / 情報アクセス / 災害情報 / アラーム / 視聴覚実験 / DAISY / 多感覚統合 |
研究実績の概要 |
初年度は、これまでの聴覚失認者と共に試してきた、放送法に対する聴覚失認者の応答実態を探る視聴覚実験を引き続き行った。
聴覚失認者(以下、障害者)は、現在、日本で用いられる緊急放送の注意喚起のためのチャイムを正しく認知できているのだろうか。このことを確かめるために障害者のべ78名と対照として非障害者のべ43名が参加する2回の視聴覚実験を行った。被験者への課題としては記号としてのアルファベット(AからEまで)とトランプ記号を記憶すること、2回目の実験ではさらに一桁の足し算・引き算の暗算を加え、各チャイムの注意喚起力を調べた。1回目の実験では障害者―非障害者の間に有意差はなかったが、2回目の実験では有意差が表れ、中・重度障害者と非障害者の差が顕著であった。そして実験を重ねる内に有意差は少なくなった。つまり中・重度障害者は、回数を重ねれば非障害者同様に認知できた。これらの結果から聴覚失認者にとって負荷が軽いか繰り返しがあれば、現在のチャイムは有効であると結論づけた。
この結果を受けて、さらに現実の災害放送に近い言語音の課題を与えた時の各チャイムの注意喚起力を調べる視聴覚実験を行った。この実験の結果、聴覚失認者は言語音の理解が困難であると認識されているにも関わらず、実験前半は正しい回答が得られた。しかし後半は間違いが目立った。この結果は前述の視覚情報や暗算の結果とは大いに異なるものである。可能な解釈のひとつは聴覚失認者が多感覚統合を利用して欠損感覚の保障を行ったと考えるものである。多感覚統合を利用すれば聴覚失認者は通常の言語音でも情報を把握することが可能だが、時間の経過と共に言語音の把握は難しくなる。結果は原著論文としてまとめ、現在、学会誌に投稿中である。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
広く日本で使われている注意喚起のためのチャイムは、ほぼもれなく試してみることができた。その結果、聴覚失認者の注意喚起力にはチャイムによる差があった。しかし、その差は (1) 同じチャイムを聞いた経験によると考えられる場合と、(2) 言語音による課題では、当初は非障害者と変わりなくアナウンスに注意を向けられたが、後半には非障害者と有意な差が見られるようになる場合があった。(1) と (2) に共通するチャイムもあるが多くはなく、それよりも、(1) は経験の有無が、(2) は多感覚統合を利用した欠損感覚の保障が当てはまったと推定できる。
この視聴覚実験では「チャイムに注意喚起力があるならば、その後に出された情報は憶えておけるし、簡単な計算能力もある」、あるいは「チャイムに注意喚起力があるならば、その後に言語音で出された情報は憶えている」という作業仮説をおいて、課題の設問が正解であれば注意喚起力はあると考え、そのチャイムの注意喚起力を調べようとした。ところがこれまでの実験では、意図した結果は得られなかった。視覚刺激と記憶能力、暗算と記憶能力、あるいは言語音による設問と記憶能力という種類の違う設問に対して、(a) 処理した脳の部位が異なるか、もしくは (b) チャイムによる注意喚起力の差はあるのだが、刺激の差の方が目立ったため、意図した結果は得られなかった可能性がある。
チャイムによる注意喚起力を確認するには、あえてチャイムが添えられていない課題の反応を調べる方法がある。今後、言語音で出す課題、あるいは言語音以外の課題にチャイムを添えなければどのように反応するかを見て、聴覚失認者に対するチャイムの意味を探る。
|
今後の研究の推進方策 |
実験の段階を一歩進めて、言語音で出す課題、あるいは言語音以外の課題にチャイムを添えなければどのように反応するかを見て、聴覚失認者に対するチャイムの持つ意味を探る。これによって聴覚失認者に対するチャイムの意義や有用性/不要性を認識し、非障害者も含む多くの人にとって認知しやすい災害情報の放送法を明らかにしたい。
それと共に、これまで約十年間にわたって継続してきた聴覚失認者やその他のコミュニケーション障害者に対する情報保障について研究成果をまとめていきたい。このまとめに際しては、さまざまな障害種別による個別の配慮、肉声と人工音(フォルマント合成音声・波形接続型合成音声)の差異、多感覚統合と情報アクセスの保障などの知見が基礎となる。
また研究からは聴覚失認者や広く高次脳機能障害者への、さらに聴覚失認者と同様の状態にある高齢者や発達障害者も含めた配慮が必要であるから、この研究成果のまとめでは、医学的・生物学的な分析よりも社会学的な、場合によっては人類学的な分析が妥当となるはずである。
|
次年度使用額が生じた理由 |
被験者の謝金に予定していたクオカードは「その他」で支出し、さらに科研費で予定していた額とほぼ同額を交通エコロジー・モビリティ財団の研究費から支出したため、次年度使用額が生じた。
なお「人件費・謝金」の支出額は「その他」で支出した分、少なくなっている。
|