研究実績の概要 |
令和4年度は、オーストリア共和国のウィーン自然史博物館において、1899年から1904年まで日本に滞在した K. A. Haberer が主に横浜で収集した東京湾産十脚甲殻類コレクションを調査した。令和元年に調査したミュンヘン動物学収集博物館の Haberer による東京湾産コレクションと重複する種はほとんど見られなかった。また、ウィーン自然史博物館には、Donau号やAurora号など、オーストリア・ハンガリー帝国海軍の軍艦が横浜に寄港した際に収集した標本も現存していた。この標本群を報告した先行研究は、クルマエビ科やイセエビ科などでわずかに知られているに過ぎない (Pesta, 1915a, b)。 注記すべきは、短尾下目モクズガニ科ヒライソガニやショウジンガニ科ショウジンガニなど、岩礁海岸を好むカニ類が横浜で採集されていたことである。当時の東京湾内湾は、多数の河川が流入するため、大部分の海岸で干潮時に干潟が見られた。横浜の古写真を調査すると、標本が採集された当時の本牧では標高40mを越える下末吉台地の高台が海岸線に迫っており、台地の真下には小規模ながら岩礁海岸を有していたことが確認できた。従って、岩礁性カニ類は本牧で採集された可能性が高い。かつての横浜沿岸は、東京湾内湾に広く見られる干潟やアマモ場ばかりでなく、岩礁域もある多様な環境を備える水域で、それぞれの環境を好む種によって構成される十脚甲殻類相の豊かな地域であったと考えられる。 横浜市内では、新たな標本収集によって南区大岡川でコエビ下目のミゾレヌマエビとテナガエビ、短尾下目のモクズガニの追加標本を得ることができた。令和元年にロンドン自然史博物館で明治時代の横浜で採集されたテナガエビ標本を調査しているため、本種は、奧野ほか (2020) で報告したサワガニ同様、横浜市街地で個体群を維持してきた種と判断できる。
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