研究課題/領域番号 |
19K01179
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研究機関 | 立命館大学 |
研究代表者 |
河島 一仁 立命館大学, 文学部, 教授 (90169714)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | ハーバート・ジョン・フルール / 地理学の制度化 / 博物学 / 海洋動物学 / 野外博物館 / ガーンジー島 / アベリストウィス大学 / ウェールズ |
研究実績の概要 |
2021年度には、H.J.FleureがUniversity College of Walesで海洋動物学を研究し、後に地理学の教授に転身した理由を明らかにすることを課題とした。しかし、コロナ禍で渡航できず、研究を計画通りに進めることは困難と判断し、入手済みデータを分析した。University College of Walesの1877-78年版から1915-16年版までのカレンダー(大学要覧)から、①地理学が講義科目となったのはいつか、②それはどのように変化したか、③ Fleureよりも前に地理学の教育を担ったのは誰か、④ Fleureの指導教員は誰か、等に関する事実を収集した。 同大学の創設は1872年である。73年から79年まで自然地理学の講義が行われた。それを担当したのはおもに化学者であった。19世紀の70年代には、講義を担える自然地理学者は存在していなかった。1884-85年にケンブリッジ大学出身のJ.R. Ainsworth Davisが地質学と生物学を担当した。地質学のシラバスにはGeikieの“Physical Geography”が推薦図書として挙がっているので、自然地理学が多少は扱われていたのであろう。カレンダーには前年度の実績を記載するリポートという章がある。Ainsworth Davisは1894-95年版のリポートで、地質学教員の増員と、その教員が地理学に関して講義することを提案している。地理学の必要性は、すくなからず議論されていた。Ainsworth Davisは地質学と生物学を担当していたが、植物学の専門家が着任したので、自らの担当を地質学と動物学とした。Fleureを指導したのはAinsworth Davisであった。Fleureは動物学の学部を彼から継承し、1908年に地理学の講師を兼任することとなった。これまでに以上のことを把握した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
2019年にH.J. Fleureの出身地であるガーンジー島で資料の収集を行うことができた。その資料をもとに、以下の諸点を明らかにした。Fleureの家族構成を把握した結果、彼の父親がかなりの高齢であったこと、19世紀の同島では博物学への関心が高かったこと、海洋動物学に進む契機を与えたのは所属した学校の校長であったこと、University College of Walesに入学後も同島での調査をおこなっていたこと、第二次世界大戦で同島がドイツに占領された際に、住民を鼓舞する活動で Fleureが主要な役割を担っていたこと、などを筆者はすでに論文のなかで叙述している。 地理学史研究では Fleureに関して充分なことがあきらかになっていない。本来的に海洋動物学者であった彼の研究業績が膨大で、全体像を把握することが困難であることがその理由であろう。彼の幼少期に関しても、これまでに論じられてはいない。申請者の論文によってその一端が明らかになった。なお、この論文をもとにした別稿(英文)がガーンジー島の逐次刊行物に掲載されている。 以上の成果をもとに、フィールドをアベリストウィスに移すことにした。この大学で地理学が講じられたのはいつからなのか、言い換えると Fleureが地理学・人類学部を主宰する以前に地理学がカリキュラムのなかでどのように位置づけられていたのかを明らかにすることを企図した。さらに、Fleureの師が誰であったのかをカレンダーをもとに、明らかにでき、師弟関係に関しても分析することができた。これが2021年度の成果である。 残念ながら、コロナ禍でウェールズならびに北アイルランドに行くことができず、研究計画は大幅な変更を余儀なくされた。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度がこの科研の最終年度であるが、できれば研究期間を1年間延長すること希望したい。ウェールズと北アイルランドのコロナ禍の状況には注意しなければならないが、マスク着用に関して緩和されてきているようなので、状況は改善しているように見える。もし可能であれば、2023年度にウェールズと北アイルランドでの調査を実現したいと考えている。 2021年度には、入手済みのカレンダーをもとにして分析を進めた。この資料でどれほどのことが明らかになるか心もとないが、2022年度には細部にわたってさらに考察し、University College of Walesにおける地理学の制度化について明らかにする。できれば、2022年度中に、学会誌に中間的な成果を投稿することにしたい。 2023年度も渡航ができない場合には、カレンダーだけに頼った成果しか得られないかもしれない。H.J .Fleureと3人の弟子たちI.C.Peate・E.G.Bowen・E.E.Evansとの関係、とくにFleureの地理学教育がウェールズと北アイルランドにおける野外博物館の創設とどのように関わったかについて、考察することができない可能性がたかい。きわめて残念なことであるが、コロナ禍のため致し方ないと思っている。やれる範囲でできるだけのことをしたいと考えている次第である。
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次年度使用額が生じた理由 |
イギリスのウェールズおよび北アイルランドに渡航し、そこでの資料収集とフィールドワークを研究計画ならびに支出の基本に置いている。しかし、コロナ禍で渡航できないため、次年度使用額が生じている。
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