研究課題/領域番号 |
19K01202
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研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
伊藤 眞 首都大学東京, 人文科学研究科, 客員教授 (60183175)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 文化人類学 / 社会人類学 / インドネシア / ジェンダー / セクシュアリティ / トランスジェンダー / LGBT / イスラーム主義 |
研究実績の概要 |
1. マカッサル在住の現地研究者(ハサヌディン大学文化科学部、マカッサル国立大学社会教育学部、インドネシア口承伝承学会参加者)と、近年におけるビッス(伝統的宗教の祭司)やワリア(トランスジェンダー)の社会文化的活動について情報交換を行った。とくにビッス文化に造詣の深いハリリンタール前マカッサル国立大学上級講師との情報交換は有益であった。 2. ソッペン県のワリア団体幹部と面会し、団体メンバーの近年の活動について聞き取りを行った。ここ数年、ワリア主催の各種集会の開催に対しては、公序良俗を害するとの理由で警察の取締りが強化されて実施困難になっている一方、ワリアの演舞が公衆の場で許可されるのは、地方政府主催の文化行事の一環として行われる場合に限られる。こうしたワリアの文化的活動の制限は、2017年のスポーツ芸能大会の中止事件以降に顕著になったとのことである。 3. 村落でのワリアの活動については、ワリアと個別的に聞き取り調査を行った。その結果概要は、婚姻ビジネス(花嫁花婿の衣装貸出着付け、式場設置、祝宴用料理指導)の業務内容については、従来と殆ど変化が認められないが、婚姻ビジネスの各業務をパッケージ化し、多数のワリアを傘下に置くような企業家(ワリアないし女性)が現れ始めており、婚姻ビジネスの拡大事例として注目される。 4. ワリアの性意識に関しては、周囲からはワリアと認知されながら、内面的には「ゲイ」意識をもつ者が見出された。地域社会において「ゲイ」と名乗ることは、「ホモ」と同様に危険視され、社会的排除の対象になり得る。こうした社会環境下において、自らをワリア・カテゴリに組み入れることで、密かに「ゲイであること」を保持するという生存戦略の事例を得たことは、南スラウェシにおける性意識の現況を考える上で示唆的であり、次回の調査に繋がり得る有益な視点を提供すると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
1.筆者が20年前に実施した調査の対象となったワリアの生存確認作業については、その当時キー・インフォーマントであった人物の引退(そのため現況については疎い)、病没、転出などにより、現在も継続中であり、追跡調査を完了するまでには至らなかった。但し、これは今年度の調査期間内に十分補足可能であり、問題とはならない。 2.ワリア団体組織のひとつであるソッペン県協会会長、そして南スラウェシ州協会長は、折悪しく両者とも、2018、2019年に続けて病没した。そのため、県ワリア協会の新体制は依然準備段階にあり、また州協会長職は新規選出待ちの空席状態であった。そのような事情から、2019年度調査では、ワリア協会の新組織については当初予定しただけの情報を得たとは必ずしも言えない。但し、この情報不足は、調査の対象側が未整備の段階にあったという事情に起因するものであり、本調査研究にとって障害とはならない。2020年度の調査段階では、ワリア協会の組織整備も完了していると考えられるので、その新体制に関する情報は、当該年度の調査によって十分補足可能である。 3.一方、研究実績の項で記述したように、2019年度の予備的調査により、ワリアの婚姻ビジネスの拡大という新しい動向、ワリアにおいて見出される多様な性自認のあり方を確認出来たことは、本調査研究を進展させる上で重要な発見であり、当初予期した以上の成果であった。 以上の諸点を勘案するならば、現地の状況に起因した資料収集について若干の遅れがあったものの、それを上回る成果を得ていることから、総じて本調査研究はおおむね順調に進展していると評価する。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度においては、ワリアの制度的側面の補足的調査から、ワリアのパーソナルヒストリ収集に基づく意識的側面の調査へと研究テーマの重心をシフトさせながら、調査研究を行う予定である。 (1)まず前年度の補足調査として、過去に実施したワリアの追跡調査、及びワリア協会組織体制について調査を行う。 (2)上記調査と並行して、ワリア(トランスジェンダー)個人のライフヒストリを収集する。面接調査では、ワリアが自らの性と人生を内省的にどう捉えているか、人生上の分節点に留意しながら、ワリア自身の語りを記述する。とくにインドネシア民主化以降の活動、パーソナル・ネットワークの形成を確認し、さらにLGBT団体、イスラーム主義との交渉、両者に対する考え方にも注目する。 (3)性意識調査:村落部に居住する若い世代のワリアとの個人面接では、過去の調査で作成した性意識に関する質問票を用い、かれらの性意識の様態を把握し、旧世代のそれとの変化を見る上での比較資料とする。さらに一般村落住民を対象に、LGBTおよびワリアに対する意識・理解について聞き取り調査を行う。 (4)なお、インドネシアにおけるcovid-19の感染が調査予定時期内に終息しない場合には、当面はSNS、インターネットを活用し、情報収集に努める。また、調査予定期間内において、マレーシアにおいて先に感染の終息し渡航可能になった場合には、2021年度に予定した同国における比較資料の収集を繰り上げて実施する。本調査研究の主な対象であるインドネシアの南スラウェシ出身住民は、マレーシア(ジョホール州、サバ州)に多く移住・入植しているため、同地域において見出されるワリア(トランスジェンダー)の性意識調査が可能と考えられるためである。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度に図書購入と収集資料のデジタル化を予定していたが、年度内に物品の納入が見込まれなかったため、翌年度回しとした。 2020年度においては、購入図書の予約と資料デジタル化を早期に行い、本年度予定の物品費と合わせて、図書購入と資料のデジタル化に使用する計画である。
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