研究課題/領域番号 |
19K01241
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
水野 浩二 北海道大学, 大学院法学研究科, 教授 (80399782)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 手引書 / 実務 / 学識法 / ヨーロッパ / 法 / 歴史 / 予防法学 |
研究実績の概要 |
令和元年度は、12世紀以降の法学を基盤とした法(学識法)が生み出した、「簡易な説明や定型的なテクニックの紹介に重点を置く文献」たる手引書についての先行研究をまず整理し、分析視角の多角化に務めた。上記の手引書の定義は内容に着眼したものゆえ、理論的文献(注釈・注解等)との境界線は曖昧さを内包し、また手引書についてよく指摘される「実務への近さ」も、地域・時期・個々の著作・内容ごとに精査する必要がある。 とはいえ手引書は、大学法学部以外での実務法曹の養成への寄与(教育史)、制度や学説に与えた影響(民事訴訟手引書が「民事訴訟法」を創出した)、地域的な固有法iura propriaに属する手引書は学識法を俗語へ初めて翻訳し、西洋近代語の法律用語の創出に大きく寄与したこと(言語学)、手引書による「法学の簡易化」は法学の日常生活への浸透に寄与したのかリスキーな通俗化・大衆化だったのか(専門知・専門家と社会の関係)など、多くの学際的な論点を含んでいる。大抵の先行研究は手引書を「単なる簡易な説明」「実務用の著作」「理論的文献に比べ低レベル」と軽視してきたが、手引書の研究には多方面にわたる学問的意義があることを、学会にて報告した。 今年度後半は、上記の問題意識を念頭に、15・16世紀のいわゆる予防法学文献の本格的検討を開始した。学識法において個別の論点についてのcautela(注意)は珍しくなかったが、cautelaだけを収集した予防法学文献は僅かであった。人文主義法学以来cautelaは、「非道徳的な戦術の指南」として厳しく批判されてきたが、近年の研究では有害なcautelaは少数にとどまり、また予防法学文献の著者達は当時から実務法曹・法学者として高い評価を受け、社会的にも名士だったことを踏まえれば、cautelaの一定の再評価は可能と考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
まず、従前よりも先行研究の対象を広げて整理したことで、法学に限られない多様な論点の存在が明らかになり、「手引書」という現象が法史学にとどまらず広く人文社会科学一般へのアピールが可能な研究テーマであると認識できたことは大きい。 年度後半にはBrederode, Eurematicon sive cautelarum. Basel 1590.の第一部・契約を中心とした検討を進めた。先行研究が非常に少ないため当初は難航したが、叙述の構成についてはおおよその見取り図は描けている。三部構成で、第一部は契約(配列は項目のアルファベット順)、第二部は遺言・相続(ローマ法大全『学説集』28~38章の順序に従う)、第三部は民事・刑事訴訟(手続の順序に従う)である。契約部分は法学の知識を前提とした体系的配列ではなく、具体的事例をアルファベット順に配列し、索引からその都度必要な情報にたどり着けるよう作られており、法学に精通しない読者も想定していたかもしれない。Brederodeは先行する複数の著作を単なる合本ではなく大掛かりな整理・編集を行っており、広く普及した知識へのアクセスを容易にしようとしたと考えられる。 叙述の内容についてはまだ一部の検討にとどまるが、cautelaの内容として、一般法とは異なる/認められない効果を発生させる、相手方の意思に反して自分に有利な効果を発生させる、相手方により変更/出し抜かれないようにする、契約が何らかの瑕疵により無効となる場合の救済策などに整理できると思われる。積極的に策略や「非道徳的」行為を慫慂するスタンスは見受けられず、「非道徳性」を予防法学文献の特徴とする伝統的な見解には一定の修正が必要ではないか、との見通しを得ており、残りの研究期間中に、研究計画を大筋で達成することは十分に可能と思われる。
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今後の研究の推進方策 |
ほぼ予定通りに研究は進行しているため、令和2年度は計画に従い、実務テクニックの内容の分析を深化させ、それが私法の発展にどのように寄与したのか検討したい。具体的には、今年度検討したBrederode, Eurematicon sive cautelarum.の内容を具体的論点のレベルで進め、そこで引用されている理論的文献との叙述のスタンスの異同を論ずることで、手引書の一類型たる予防法学文献の特徴を明らかにする。 なお、現在、西洋法学史をテーマとする教科書や研究入門書の企画が複数立ち上がっており、研究代表者もそれらの企画・執筆に関与している。西洋法学史という分野はこの種の書物がこれまでほとんど存在せず、研究成果の国民一般への還元という点で大きく立ち遅れていたため、令和2年度にはこの作業にも力を注ぎたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
Brederode, Eurematicon、そしてそこに合本・整理されたBartholomaeus CaepollaやRaimund Pius Fichardらの予防法学文献には、それぞれ複数の版が存在し、それらの中にはデジタル化がなされておらず、現地での確認を要するものもある。また関連する史資料の調査・収集と専門研究者との意見交換も必要なため、ドイツを中心とする海外出張を計画している。 しかしその前提として、すでに入手済みの史資料の十分な検討と論点の洗い出しが必要なため、今年度中はその作業に注力し、海外出張は来年度に移行することとした。そのため、海外出張並びにその準備のための予算として、703,325円を次年度使用額として残すこととなった。
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