本研究「分配的正義論と子育てコスト:親の正義論の観点から」の目的は、分配的正義論の具体化・応用問題である「子育てコストの社会的共有」に関する原理的指針の構築にある。子育てコストの増大化、およびそれに関わる子どもの貧困や子育ての困難などの社会問題を端緒として、児童福祉制度を中心とした社会保障制度改善への注目が集まっている。 そこでの法哲学・政治哲学的課題のひとつは、子どもをめぐる種々のコストの社会的共有・分配問題である。受益者負担主義や親の子育ての自由などの根拠から、子育てに関わるコストのすべては親が担うべきなのだろうか。あるいはそのコストを社会的に共有すべきだとすれば、その正当化理由はどこにあるのか。果たして公共財の正当化手法が子育てコスト問題に適用可能なのか。フェミニズム的な観点から母親の子育てコスト・負担の軽減が原理的にも求められるのか。これらの問題は「親の正義(parental justice)」論とも呼びうるものであり、その理論的研究を多角的な視点から行う。 この問題の端的な問いとは、「子どもをめぐる(高)コスト負担は果たして誰が担うべきなのか」というものである。深く検討することなくケアコストの社会的共有を訴えても、執拗な親の自己責任論のありようを考えれば、それは一過性のものに終わるだろう。そこから、親の子育て責任およびコストを整理し、関連する正義論のありようと照らし合わせつつ、申請者が長年にわたって研究してきた子どもの権利論など、「子どもの立場」から子育てコストについて考察した議論をも念頭において検討を進めた。2020年度に発刊予定である、本研究内容を多く含んだ単著の執筆活動を2019年度には集中的に行った。
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