本年度は、昨年度の研究で遅れていた田中二郎の抗告訴訟論の研究を中心的に行った。 美濃部達吉及び田中二郎は戦前の行政裁判所時代より抗告訴訟概念を使用してきたが、それは行政処分に対する覆審的訴訟であり、行政処分の取消・変更を求める訴訟である(いわゆる直接攻撃型訴訟であって、今日の取消訴訟に相応する)。田中は美濃部と異なり戦後の新憲法のもとでは行政訴訟も司法権の対象であるとしたが、それでも行政訴訟を民事訴訟と異なるものと捉えており(抗告訴訟は行政処分の公定力を除去するための特殊な訴訟)、戦後の民訴応急措置法及び行政事件訴訟特例法の制定及び運用にも田中の抗告訴訟観が強く影響している。しかし戦後の行政法学の展開は行政処分のアプリオリな公定性を否定したのであって、抗告訴訟を伝統的な意味での特殊な訴訟と見ることはできない。 他方、取消訴訟や無効確認訴訟に見られる直接攻撃型訴訟には客観訴訟としての性質をみることができる。本研究では、我が国の抗告訴訟制度の展開(1962年の包括的抗告訴訟の採用、2004年の義務付け訴訟・差止め訴訟の法定化)を踏まえ、直接攻撃型訴訟としての客観的性質を給付訴訟的な概観を持つ義務付け訴訟・差止め訴訟にも適用できるという展望のもとに、その可能性を検討した。それは訴訟物や判決効力の議論にも影響を及ぼす。 また、直接攻撃型訴訟であるフランス越権訴訟では従前よりその客観訴訟的性質が重視されてきたが、EU法の発展がドイツ行政訴訟制度に影響を与えているかどうかをドイツ行政法研究者及び行政裁判官のヒアリング等で調査したところ、基本的には訴訟法・手続法は各国の問題であるとされ、これまでの主観的行政訴訟観に変更はないとの回答であった。しかし、シュミット・アスマンはEUにおける行政手続と行政救済のコヒーレンス(協調性)を重視しており、今後ともその動向を研究する必要がある。
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