研究課題/領域番号 |
19K01295
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研究機関 | 三重大学 |
研究代表者 |
内野 広大 三重大学, 人文学部, 准教授 (90612292)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 信教の自由 / イギリス憲法 / 法の支配 / 適用審査 / 比例原則 |
研究実績の概要 |
2020年度は、イギリスの信教の自由に関する諸判決及びそれらに関する諸文献を収集及び調査し、イギリスにおける信教の自由考察の出発点構築を目標とした。 第一に、1998年人権法制定後の重要判決を特定し、諸判決の検討手順を明らかにすることができた。学校における体罰禁止措置の条約上の権利適合性が問題となったWilliamson貴族院判決の後に、その法理を修正するかに見えるBegum判決が登場している。また、信教の自由ではなく差別禁止法理との関係が問題となったJFS最高裁判決も下されている。こうした判例の展開を踏まえ、まずWilliamson貴族院判決を中心に分析し、その後にBegum判決及びJFS最高裁判決に取り組むならば、イギリスにおける信教の自由制限該当性判断の現在の到達点を把握できることが判明した。 第二に、Williamson貴族院判決の位置する文脈の一部を明らかにすることができた。Williamson貴族院判決は、当該信条の「信仰」該当性を否定する高等法院判決や、「信仰」該当性を承認しつつも当該権利の制限を認めなかった控訴院判決、さらには欧州人権裁判所等のストラスブールの機関が形成してきた法理を前提として下されたものである。ここでは、信教の自由制限及び正当化に関するどのような法理が問題とされているかを特定できた。 第三に、Williamson貴族院判決における争点を特定できた。保障される「信仰」該当性、信条の「顕出」該当性、信教の自由「制限」該当性、そして制限の「正当化」判断において、貴族院の各判事がいかなる見解に立つか、控訴院の各判事の見解との異同を特定できた。 第四に、Williamson貴族院判決がストラスブールの機関が形成してきた法理をいかに吸収するものであるのかを明らかにすることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度は、2019年度に定めた研究の方向性を踏まえ、イギリスにおける信教の自由考察の出発点を築くことを目標とした。すでに記したように、1998年人権法制定以後の信教の自由に関わる重要判決を特定し、検討手順を明確にすることができている。また、Williamson貴族院判決の位置する文脈の一部の概要を把握するとともに、同貴族院判決における争点を特定できている。さらに同貴族院判決がストラスブール先例といかなる点において異なるものであるかを特定できている。このような研究の進捗状況からすれば、イギリスにおける信教の自由考察の出発点構築という目標を達成するまでもう一歩という地点にまですでに到達しており、研究は着実に進みつつあると評価できる。 とはいえ、同控訴院判決や高等法院判決については、その具体的な内容を把握するには至っておらず、同貴族院判決の検討に比べて不十分なものにとどまっていると言わざるを得ない。また、同貴族院判決の背景を成すストラスブール先例や他国先例の整理及び検討も手つかずの状態にある。さらに、差別禁止法の構造調査や信教の自由領域におけるその適用状況の分析についても同様の状態にある。これらに加え、適法性の原則を解明したり、宗教学等の知見を踏まえて保障根拠を再考したりするには至らなかった。けれども、2020年度はコロナウイルス及びオンライン授業対応により研究に時間を割くのが難しかったため、これらの作業に取り組むことができなかったのはやむを得ないものと思われる。 まとめると、当初の計画通りに研究が進んでいるわけではないけれども、イギリスにおける信教の自由考察の出発点を築くという目標に近づきつつあることから、研究の進み具合に問題があるとはいえないと考える。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は、一本目の論文執筆の本準備及び二本目の論文執筆の下準備をする予定である。第一に、基本判決であるWilliamson貴族院判決の論理構造の分析を深めることで、信教の自由制限に関する日本の判例法理や学説を再考する視座を獲得したい。そのためにまず、同判決の位置する文脈をより詳細に把握する必要があることから、関連するストラスブール機関の先例内容をまとめるとともに、高等法院判決及び控訴院判決が、いかなる根拠により、いかにストラスブール先例を読み解いているかを分析する。また、控訴院判決に関する評釈を分析する。次に、Williamson貴族院判決に関する評釈やそれに影響を与えた他国の諸判決を分析することで、同貴族院判決の論理構造を把握する。 第二に、Begum判決及びJFS最高裁判決とWilliamson貴族院判決との関係を考察する端緒を得たい。そのためにまず、それらの判決に関する議論状況を概観する。次に、特にJFS最高裁判決では差別禁止法理が問題となっているため、差別禁止法構成の一般的な判断構造等を調査する。このような作業を経れば、後々にWilliamson貴族院判決を相対化する視座を得、また日本法への示唆を得ることができるだろう。 第三に、敬譲理論とは何か、その理論的根拠は何か、それが1998年人権法といかなる関係に立つかを考究することで、信教の自由制限の正当化判断構造の分析を深めたい。 第四に、適法性の原則と人権法3条1項解釈との比較により、適法性の原則の特色を際立たせ、信教の自由の保障の位置する文脈を明らかにする。 以上に加えて余裕があれば、イギリスにおける信教の自由の保障史を辿り、信教の自由の保障の位置する文脈を明らかにするとともに、宗教学・宗教哲学の文献を読む等して保障根拠論を再構成したい。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度はコロナウイルス感染症対策のため、遠方まで資料収集に赴くことができなかった。また、オンライン授業対策に時間をかけ、その他校務に時間を多く割くこととなり、研究に時間を割くことが難しくなった。そのため、未使用額が生じてしまった。 2021年度はコロナウイルス感染症対策のため遠方まで資料収集に赴くことは困難であると思われることから、可能な限り関連する海外の文献を収集するために使用させていただくこととしたい。
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