本研究の目的は,専門家と顧客との間でなされるコミュニケーション領域は,営利的言論領域と同様に,政府による規制が許される領域といえるのか,換言すれば,表現の自由の保護水準が低下する領域なのか否かを検討することにある。また規制が許されるとすれば,いかなる規制が許されるのか,その限界を明らかにしようとする。プロフェッショナル・スピーチは,まさに専門家と顧客という信頼関係を基礎としたコミュニケーション(表現)をその表現のゆえに規制する点で特異である。こうした関係におけるコミュニケーションを規律するために,プロフェッショナル・スピーチの理論の可能性を探究し,言論規制の必要性,許容性を検証することが,本研究の独創的な目的である。 この目的を達成するために,研究初年度は,州の提供する中絶サービスの存在を女性に告知するよう,中絶反対の医療施設に義務づけることが違憲とされた近時のアメリカ合衆国最高裁判決を分析した。次年度はプロフェッショナル・スピーチ理論が前提とする知識コミュニティの自律性を憲法保障する理論を検討・整理した。ここでは学問の自由と民主制あるいは思想表現の自由市場理論との関係を明らかにした。研究最終年度は,初年度および次年度の研究成果をふまえ,専門職ライセンスを必要とする種々の職業のうち,プロフェッショナル・スピーチ理論が適用される職業とそうでない職業とを区別し,両職業に関わる言論規制の限界が異なることを指摘し,わが国におけるプロフェッショナル・スピーチ規制への示唆を与えた。 研究期間を通じて,医者と患者,カウンセラーと相談者といった専門家と顧客の間のコミュニケーションを,プロフェッショナル・スピーチ領域として析出し,類型化し,独自の規制の正当化,規制手段の適正化を,伝統的表現規制と異なるものとして検討する必要性を明確にできた。
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