本研究で取り組むことを予定していた課題のうち、「シリアの化学兵器問題」について、英文書籍"Syrian Chemical Weapons and International Law(シリアの化学兵器と国際法)"を出版した。 理論上の意義として、いわゆる遵守制度(または不遵守制度)を考察するにあたって、「遵守の確保」と「不遵守への対応」という観点に加えて「潜在的な不遵守の検討」という観点が必要であることを実証的に明らかにできた点を挙げることができる。先行研究では、「潜在的な不遵守の検討」という観点はほとんど意識されることがなかった。これに対して、本研究では、化学兵器禁止機関と国際連合における実践の詳細な分析を通じて、遵守と不遵守の間には潜在的な不遵守という曖昧な状況が存在していることと、この曖昧な状況が遵守の状況に回帰するのかそれとも不遵守の状況へと移行するのかが実践上の大きな課題となっていることを明らかにし、さらに「潜在的な不遵守の検討」にあたり重要となる要素を作為義務と不作為義務のそれぞれの場合について提示した。 実践上の意義としては、将来化学兵器が使用された場合に化学兵器をどのように廃棄するかを含めて国際社会がとりうる対応についての参照先として利用できる点を挙げることができる。シリアの事例が示すことは化学兵器禁止条約の締約国でありながら化学兵器を使用する国があるということである。また、化学兵器禁止条約の非締約国の中には化学兵器の保有が疑われているものがある。化学兵器禁止条約の締約国であれ非締約国であれ、将来化学兵器が使用される可能性は排除できない。シリアの化学兵器問題への対応は将来の同じような事案に対する決定的な先例としての性格をもつ。本書はこの先例を新たな観点から論じたものであり、実践に対して有用な示唆を提供するものとなろう。
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