研究課題/領域番号 |
19K01333
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
川濱 昇 京都大学, 法学研究科, 教授 (60204749)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 市場支配力 / 厚生基準 / 消費者厚生 / 私的独占 / 反競争効果 / 反事実的分析 |
研究実績の概要 |
今年度は市場支配力分析の原型である、米国とEUの独占規制における力の要件と行為の要件を検討した。特に両者の相互関係とそれに関する法解釈論の歴史的展開に焦点を合わせた。米国では独占化は独占力+排除行為と理解されていた。EUでは支配的地位の濫用であるためその地位(独占力)とそれを濫用した妨害という理解となっていた。これらは独占力と呼ばれる比較的大きな市場支配力の存在を要件とするものであるが、行為の効果の内容は長らく不明瞭であった。他方、日本法の私的独占は、排除行為等によって一定の取引分野における競争を実質的に制限することを要件としている。このため、行為の結果として市場支配力の形成等が必要だという解釈が早期に確定した。米国、EUでは、高い水準の市場支配力が存在することそれ自体を重視し、行為がもたらす効果を重視しない傾向がかつてあった。今日ではこれは形式ベースの考え方として批判されている。形式ベースの時代の市場支配力分析では、その存在が主要な問題であった。効果ベースの考え方の効果とはまず第一に消費者厚生ないし効率性のことである。市場支配力の形成等という効果は法律要件の解釈から直接導かれるのではなく、何らかの厚生規準を指針として、それに基づいて市場支配力の形成等を規準とする立場が正当化されるという理路がとられるようになった。これが、今日では米国において一般化し、EUにおいては異論は残るものの通説的見解といえる立場である。わが国がもともと採用してきた立場に収斂してきたようにも見えるが、わが国の法適用が両法域とかつても差異があったわけではない。実際のところ、事件選択レベルで高い市場支配力を要求し、何からの排除効果が想定できそうな慣行を選べば、形式ベースの立場と大差ないことになるからである。問題となるのは、まだ先例のないイージーケースではない事例での市場支配力分析である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は当初の予定通り、米国・EUの独占規制における市場支配力基準の変遷を取り上げた。また、本計画で焦点を合わせる市場支配力の存在問題と変動問題の識別がかつては不十分であったこと、また、今日でも存在問題としての独占力を高度な水準で要求しつつ、何らかの「不当」と評価できる排除があれば、市場支配力レベルでの効果を要求しない立場もEUでは実務家に根強いことも示せた。また、消費者厚生規準ないし効率性規準が焦点を変動問題に合わせる役割を果たしたことを、法解釈の展開の中で示すこともできた。 これにより研究計画の第一段階の仮説が支持されることが明らかになった。また、これらの吟味において、米国・EUにおける競争法の法解釈方法論の観点からの検討も行ったが、これは、日本法の解釈の深化をめざす比較法研究である本研究の次のステップにおいて有益なものであったと判断できる。
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今後の研究の推進方策 |
日本の独占禁止法における市場支配力分析が市場支配力の形成等という変動問題にあることは、教科書レベルの叙述としては今日では有力なものとなっている。この現在の標準的な見解を初年度では前提にした比較研究を行ったが、歴史的に見ると必ずしも今日の標準的見解が一般的だったとは言えない。むしろ存在問題を重視する米国の解釈論に影響されていた時代もあった。そのため両者の識別が曖昧であった。特に存在問題に焦点を合わせながら、それを高水準に設定することにより変動問題を推認してきたこともあって、今日でも議論に混乱が見られる。このような存在問題と変動問題の混在が私的独占及び企業結合規制における因果関係論に影響したのではないかと思われる。米国・EUとの比較法研究を深化することを通じて、この仮説を検証する。さらに、共同行為等の行為類型における市場支配力分析がどのようなものであるのかについて、米国・EU法の展開を検討も行う予定である。
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