市場支配力分析における市場支配力に関して、その存在の問題と変動の問題の2つが存在する。市場支配力の実証問題は通常その存在及び程度を問題にするが、日本法ではそれは法律要件とはなっていない。今年度の研究で、存在と変動の混同が法解釈の混乱を生んできたことを明らかにした。他方、米国やEUにおける独占規制などの文脈では存在問題が法律要件として重要であることも示した。しかしながら、法的な評価において最重要の問題である反競争効果要件は市場支配力の変動問題として定式化できる。昨年の研究成果から、このことを明示的に説明する理論として消費者厚生が持ち出されたということを説明した。他方、それらの諸国でも消費者厚生の悪化それ自体ではなく、市場支配力の変動の方を法律要件とする立場が有力であり、前者を要件と解することが、現在問題となっている消費者厚生基準批判を招くことになったことも明らかにした。ただし、市場支配力の存在とその程度が、市場支配力の変動問題にとって有益であることを明らかにした。各行為類型が、どのような理路で市場支配力の変動をもたらすのかという作用機序ないし発生機序の問題から、このことを明らかにした。たとえば非ハードコアカルテルでは、当事事業者がグループとして潜在的に有する市場支配力が存在しなければ、その行為によって市場支配力の形成等がもたらされることはない。また、排除行為についても略奪型と費用引上型のそれぞれについて事前の市場支配力の程度が反競争効果の発生に関連性をもつことを明らかにした。これらの分析結果を前提に、大きな市場支配力を持つ企業が行う行為については、反競争効果の現実の発生より、その危険性に注目した規制の構築が問題になり得るのではないかという問題を見出した。これは現在問題となっているデジタルプラットフォームの事前規制の正当化ともかかわる問題である。
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