日本法、アメリカ法(及び、一部ドイツ法)のセクシュアル・ハラスメント(以下「SH」)に関する文献等の収集と、裁判例の整理を行い、日本法の均等法上及び民事訴訟法のSHを中心に検討を行い、その概要は以下のとおりである。アメリカ法上のSHは、あくまで公民権法第七編上の「性差別」の一類型であり、「性的な関心に基づく言動か否か」ではなく、言動が「性差別であるか」により判断される。これに対し、日本法の均等法11条は、「性的な言動」を規制対象としており、この「性的な言動」は「性的関心に基づく言動」と解されるため、性的関心には基づかないが性差別的言動(講学上のジェンダー・ハラスメント)は射程外となる(ただしこれらの性差別的言動も民事上の責任は問われる可能性がある)。また、アメリカ法上のSH(公民権法第七編上の「性差別」の一類型)には、A「意に反する(望まれない、”unwelcomed”)」とB「過酷又は広汎な職場環境の悪化」という要件が存するところ、Aは主観的に判断され、Bは主観・客観の両側面から判断される。職場環境の悪化は「合理的な個人("reasonable person”)」の観点で判断される。これに対し日本法では「意に反する」と「不快な(言動)」「職場環境の悪化」とは総合判断とされ、主観的要素が重視される(客観的に不快な言動・職場環境の悪化がなくとも、本人が意に反することを示せばその後継続しての同様の言動がSHとされうる)。比較すると、日本法のSH規制は性的な言動に敏感な者を保護する規定という性格が強い。すなわち日本法上のSH概念は「社会通念に沿わない性的言動を規制する」(しかも基準は男女別である)というものであり、日本的雇用慣行の間接差別的な側面には切り込みにくい。また社会通念での判断基準は、柔軟な判断を可能とするが、法的安定性が高いとは必ずしも言い難い。
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