研究課題/領域番号 |
19K01338
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研究機関 | 東洋大学 |
研究代表者 |
上田 真理 東洋大学, 法学部, 教授 (20282254)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 良質の雇用 / 総合的保障 / 個人(独立型)事業主 |
研究実績の概要 |
本研究は、「次世代に負担を先送りしない」労働・社会保障法制度を、低賃金不安定雇用のみならず、近時の問題である労働者に類似した働き方をする自営業者を含めて、とくに経済的生活について検討するものである。 日本の建設業では「一人親方」に対する健康被害の救済をめぐっては、労災法での特別加入制度の課題に加えて、近年、国家賠償請求が認容される判断が高裁で示されている(東京高裁平成29年10月27日判決、東京高裁平成30年3月14日判決、大阪高裁平成30年9月20日判決など)。これらは、安全に対する公的責任は労働者に限定されないことを判示している。 新たに推進される「雇用によらない働き方」をも視野にいれると、従来の社会法の適用により「保護を必要とする」広義の労働者が減少するのか、それとも、請負や事業主の「偽装」又は実質的には「保護を必要とする働き方」が拡大しているとみるべきか、重要な手掛かりとなる。独立的自営業者の社会保障、とくに公的年金の検討は遅れているため、日独の比較法による研究を進めている。 比較対象であるドイツでも、法政策上は「個人請負」又は「雇用者がいない『ソロ(個人)事業主』」の生活保障が争点になっている。そこで、「良質の雇用」により次世代へ負担を移転する法制度の脱却の提言を行うことを目的の1つに掲げている。雇用政策と生活保障の総合的保障の視角は、「労働」の視点だけでは生活保障が抜け落ちることを認識する一方で、生活保障から捉えるだけでは労働力の育成の脆弱さが不鮮明になるのを回避する点に、その意義を見出すことができる。 本研究に2019年度から着手したが、「次世代に負担を先送りしない」持続可能な社会の雇用モデルが提言できる手がかりを十分に得られたものと評価している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、「良質の雇用」とセットになった生活保障の議論状況を確認したうえで、次の具多的な論点を考察する計画であった。1つは、低所得労働とその将来の年金権である。日本では、女性や子・若者の貧困実態が解明されてきたが、形式的には労働者ではないが、自営業者・個人事業者の貧困も深刻であり、被用者としての経済的生活の保障について検討を深める必要があるためである。とくに長期保険の年金こそ、損害賠償請求には言外があり、有効な救済方法が検討されるべきであると考えられる。2つに、専門職労働者の養成と若者の生活保障である。日本でも福祉・看護職の不安定低賃金雇用が問題になっているからである。 これらの検討のうち、とくに前者を中心に2019年度は検討し、しかも、2つ目に関連して、医療・福祉従事者が労働者性をめぐる訴訟が日本でも蓄積されつつあることが確認できた。加えて、類似の論点は本研究の重要な比較対象であるドイツ連邦社会裁判所が2019年にいくつかの興味深い判断を示し、被用者保険の適用対象者と結論づけていることも確認した。 これらの理由から、おおむね研究計画が順調に進められていると判断したものである。
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今後の研究の推進方策 |
「雇用によらない働き方」「個人事業主」の経済的生活の保障は近時の重要なテーマと位置付けられている。これは、日本だけではなく、ドイツでも同様である。「低所得労働者」の経済的生活に関しては、現役の労働者としての就労期のみならず、職業生活の後にやってくる高齢期も視野に入れた労働条件及び生活条件の改善が迫られている。とくに定年後の公的年金権に焦点があてられる必要がある。人間らしい生活を、適切な年金権の実現による、労働者の高齢期まで視野にいれた働き方を2020年度以降に検討する必要がある。そうでなければ「失業よりましな低賃金労働」は、将来に困窮する高齢者を急増させる。年金及び最低生活保障制度と整合する良質の雇用を創ることが、「次世代に負担を先送りしない」働き方の鍵を握る。ドイツでは2020年2月に、ドイツ型基礎年金が導入される改正法が成立した。本研究では2020年度に検討することにしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究のテーマの1つである日独の雇用政策について2020年3月にドイツ調査を実施する計画であり、執行を予定していたが、新型肺炎感染拡大予防のために、出張を取りやめた。そのため、執行予定であった旅費相当分の使用ができなかった。そこで、2020年度に、時期を検討する必要があるが、再度ドイツの調査を実施する予定である。
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