研究課題/領域番号 |
19K01362
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
得津 晶 東北大学, 法学研究科, 准教授 (30376389)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 会社法 / 法令遵守義務 / 債務不履行責任 / 金融法 |
研究実績の概要 |
2019年度は本研究の中心課題である帰責原理の問題に入る前に、債権法改正によって提示された新たな契約責任(債務不履行責任)の要件に照らし、特別規定である取締役の対会社責任の要件(帰責構造)を再度整理した。このような形式的な要件整理は、帰責原理の問題を論じる際の枠組みとして前提条件となるからである。 債権法改正と債務不履行責任についてはその背景となる民法学の方法論まで含めて包括的な検討を行った。民法改正は、一方で債務不履行と帰責事由という従来の二元説を維持している側面がありながら、他方で、帰責事由の内容は、従前の故意・過失ではなく、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」と契約違反との連続性のある表現となった。このような帰責事由立法がなされた意義・背景について分析を加えた。 また、本研究の主眼である法令遵守と効率性の2つの観点のうち日本のコーポレートガバナンス論においてかつては前者のみが重視されていたところ、後者が重視されるようになってきたことが、モニタリング・モデルや社外取締役の設置強制といった具体的なトピックの背後にあることについて海外に向けて公表した。 そのほか、各論として、法令遵守が重視されてきた領域においてイノベーションが要求される具体的な場面として、いわゆるフィンテックを素材に、金融法とイノベーションの関係について諸外国(韓国、シンガポール)の動向も踏まえて、分析を公表した。その中で、金融法という従来、行政法の一分野としかされていない領域に「体系性」(インテグリティ)を持たせること及び既存の体系性が機能的に変容しつつあり新たな体系(主に「支払・決済」の銀行領域からの独立)を形成しつつあることを示した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2019年度は、本研究計画の2つの大きな意義のうちの1つである形式的な側面・法律構成的な側面の研究を進めた。平成29年民法(債権法)改正によって債務不履行責任(民415)の一般要件が確定したことを受けて、債務不履行の特別規定である取締役の任務懈怠責任(会423)の形式的な要件の立て方(帰責構造)の再検討が必要となっていた。債権法改正前は、債務不履行責任を客観的な債務不履行事実と主観的な帰責事由としての故意・過失との2つの要件で理解する伝統的な立場(二元説)と、債務の本旨不履行という1つの要件で理解し、あとは不可抗力免責のようなごく例外的な場面があるに過ぎないとする当初債権法改正を推進してきた民法研究者の立場(一元説)とが対立していた。そして、取締役の法令遵守義務違反に基づく対会社責任も、この二元説と一元説との対立が表れる場面として盛んに論じられた。 ところが実現した民法改正は、一方で債務不履行と帰責事由という二元説を維持している側面がありながら、他方で、帰責事由の内容は、従前の故意・過失ではなく、「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」と契約違反との連続性のある表現となった。そして、このような帰責事由要件の維持は、主に売買契約のような結果債務を念頭に維持され、取締役の善管注意義務のような手段債務について、帰責事由と本旨不履行との異同について放置されたままとなっていた。二元説を維持しながら帰責事由の表現を変更するという折衷的な文言となった改正後民法において法令遵守義務違反の責任の要件(帰責構造)をどのように理解するのかの議論を進めた。 だが、本研究がより重視するのはかかる帰責構造ではなく、いかなる場合に法令違反があっても取締役の責任が発生しないのかという実体論である。これは2020年度以降の課題である。
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今後の研究の推進方策 |
2020年度から帰責原理の検討に着手する。取締役が法令に違反する行為をした場合に会社に対して発生した損害を賠償する義務を負うという結論に対して大きな異論はなく、ほぼコンセンサスがあるといえる。だが、それはなぜなのか、すなわち、なぜ法令遵守義務を会社に対して負うのかという帰責原理についてはそもそも明示的に議論が展開されておらず、見解も一致していない。 応募者は、既に先行研究において、法令違反は株主利益最大化原則の問題の外側であり、経営判断原則の適用等はなく、法は法であるというだけで守らなくてはならないものであるという法のインテグリティないし法の内的視点という構想が取締役の民事責任の場面にも及んでいるとした。この結論部分について、修正の必要は感じていないが、近時、法令遵守義務の場面でも、一定の場合には取締役に裁量を認めるべきとの見解が強くなっており、そのような論者は、明示的に論じていないものの、応募者と異なる帰責原理を採用していると考えられるため、反論を加え、議論を展開する必要性がある。
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