研究課題/領域番号 |
19K01379
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
大場 浩之 早稲田大学, 法学学術院, 教授 (10386534)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 物権債権峻別論 / ius ad rem / 物権行為 / 登記 / ローマ法 / ドイツ法 / 法制史 / 民法 |
研究実績の概要 |
2019年度においては、当初の計画通り、日本とドイツの物権債権峻別論に関する文献を収集して分析し、ドイツにてインタヴューを実施した。その上で、物権債権峻別論の起源を探る一端として、ローマ法の考察と分析を行った。その具体的な成果は以下の通りである。 共和政前期においては、所有権と制限物権の区別はなかった。それどころか、所有権概念そのものが曖昧であった。所有権保護の観点からしても、当時の所有権は絶対的な効果をもっていたとはいえず、相対的な効果しか有しなかった。また、目的物に応じた所有権の内容がそれぞれで異なり、かつ、それぞれの所有権の移転方式も異なっていた。このため、所有権概念の曖昧さが際立つことになったのである。 共和政後期においては、共和政前期とは異なり、所有権概念の厳格化が図られた。所有権は絶対性をもつ権利として構成され、その内容も明確化された 。制限物権との区別も明らかとなった。さらには、目的物をたんに事実上支配しているにすぎない占有との違いも、認識されていた。このように、共和政後期における所有権には絶対性が認められていたということができる 。 共和政の時代において、所有権概念の明確化が次第に図られていったのに対して、古典期に入ると、実生活と法理論を接合することが強調された結果、所有権と占有の区別が相対化され、所有権と制限物権の違いも緩やかに解されるようになった。このため、物権と債権の区別や、処分行為と原因行為の区別も、意識されなくなっていった。実生活における具体的な慣行を重視する傾向は、所有権の移転方法にも影響を与えた。 そして、ユスティニアス法典によって、共和政時代に培われた法理論の復活とともに、その法理論と古典期に重視された実務慣行との一体化と体系化が図られることになった。具体的には、所有権と占有の区別が厳格化され、権利と外観の不一致も承認された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年に入ってから、新型コロナウイルスの蔓延による緊急事態宣言に基づく大学の閉鎖や物流の遅延などにより、関連文献をスムーズに入手することが難しくなり、海外出張はもとより国内出張を行うことも困難となった。しかしながら、それまで2019年の年末にかけては、順調に関連資料を収集して分析することができ、また、予定されていた出張も2019年中にすでに行っていた。さらには、本研究課題に関連する論文や著書を執筆することもできた。このため、本研究の2019年度全体としての進捗状況は、おおむね順調であったといえる。 その上で、2019年度に行った具体的な研究は、ローマ法の分析であった。現代法における物権債権峻別論は、これをローマ法における概念と比較してとらえると、ローマ法においてどのような展開がみられたのか。本稿の問題意識との関連では、とりわけ、物権概念がローマ法においてどのように理解されていたのかが、重要な課題となる。そこで、物権概念の独立性の観点から物権債権峻別論を検討するという目的にてらして、ローマ法をみてみると、所有権概念がかなりのレベルで明確に理解されていたことがわかった。さらに、所有権の移転方法についても、売買契約と所有権移転との異同が意識されるとともに、実務慣行との関連性も重視しつつ、柔軟な理解がなされていたのである。この分析結果は、2020年度以降に行われることとなるドイツ法上あるいは日本法上の物権債権峻別論の分析をする際にも、重要な指針を提示している。 2020年度前半においても、前述の原因により文献収集や出張の困難は継続するものと予測されるが、本研究を推進するための重要文献を早めに揃えられていることもあり、2020年度に入ってさしあたってしばらくの間は、順調に研究を継続することができる。この点においても、本研究は順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は、これまでの研究成果をふまえて、物権債権峻別論を批判的に検討するものである。そのためには、まず、物権債権峻別論がどのような歴史的経緯を経て発展してきたのかについて、正確に辿る必要がある。すでにローマ法の分析を終えたので、次に、物権債権峻別論の母法といえるドイツ法において、物権債権峻別論がどのような経緯を辿ってきたのかについて、検証しなければならない。その上で、日本法における物権と債権の概念がどのように構築され、整理されてきたのかについて、考察する。 この歴史的な視点からの検討をふまえつつ、日本法とドイツ法における物権債権峻別論の現行法上の位置づけを明らかにする。ここで、根源的な問いとなるのは、そもそも物権債権峻別論は現行法においてはたして厳然と存在しているのであろうか、ということである。また、物権と債権の区別は、今後も維持されるべきなのであろうか。これらの問いは、民法の体系論と密接に関係してくる。そして、物権債権峻別論の歴史的な検討、現行法における位置づけ、および、新たな解釈論と立法論の提言という、これら3つの課題は、それぞれ有機的に関係しているため、同時並行で研究を進める必要がある。 このうち、ドイツ法の分析をより具体的に示すと、以下の通りである。すなわち、中世、ローマ法の継受、自然法、および、BGB(ドイツ民法典)の成立に時代を分けて考察する。中世はゲルマン法の特徴がよく表れている時代であり、当時の法制度はローマ法とは異なる内容を有していた。その後、ローマ法が継受され、ゲルマン法との融合がなされる。これは、いわゆるパンデクテンの現代的慣用につながっていく。そして、自然法の影響をも受けつつ、ドイツ法は各ラントにおける法典編纂期を迎え、さらには、BGBの成立へと発展を遂げていくのである 。
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次年度使用額が生じた理由 |
2019年度においては、主として、日本とドイツにおける物権債権峻別論に関する文献を幅広く収集し、そして、国内出張とともにドイツにも出張し、資料収集を行うこととしていた。これらのほとんどの計画は予定通り進んだが、2020年に入ってから、新型コロナウイルスの影響による物流の遅延が生じ、とりわけドイツの文献をスムーズに購入することが困難となった。このため、当初、2019年度中に購入する予定であった文献を年度中に入手することができなくなり、使用せずに残った助成金が生じた。 この残額については、2020年度分として請求した助成金と合わせて、とくにドイツにおける物権債権峻別論に関する文献の購入にあてる予定である。その具体的な対象としては、Jus Privatumシリーズに代表されるドイツにおける教授資格論文の中の、物権債権峻別論に関連性のある最新文献をあげることができる。また、ドイツ民法の最新の体系書もその候補となる。 また、2020年度においてもドイツに研究出張し、現地の研究者にインタヴューを行って、ドイツにおける物権債権峻別論の現代的意義について議論を行う予定である。このための費用として、当該残額をあてることも検討している。さらには、国内出張を行い、本務校以外においても研究報告を行い、広く研究成果を発表することで本研究に対する批評を伺うためにも、当該残額を利用することがありうる。
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