研究課題/領域番号 |
19K01379
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
大場 浩之 早稲田大学, 法学学術院, 教授 (10386534)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2023-03-31
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キーワード | 物権債権峻別論 / ドイツ法 / ローマ法 / ius ad rem / 不動産公示制度 / 物権変動 / 物権法定主義 / 法制史 |
研究実績の概要 |
2021年度においては、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響により、予定していた文献を入手することができなかったため、当初の研究の順序を入れ替えて、1794年に制定されたALR(プロイセン一般ラント法)におけるius ad rem概念を検討した。というのは、自然法の影響を強く受けたALRにおいては、物権と債権の狭間にある権利としてのius ad remが認められていたこととともに、公示制度が大いに発展していったからである。このALRにおける公示制度が、その後のドイツ法における物権行為論の生成にどのようにつながっていったのかについて、分析を行った。 具体的には、自然法の時代に所有権概念がどのように理解されていたのか、ius ad rem概念はどのように機能していたのか、それにもかかわらずなぜ公示制度が利用されていたのか、について検討した。 そもそも、ローマ法が継受されたといっても、その原初的な内容がそのままドイツ法として受け入れられたわけではない。ローマ法とゲルマン法の融合がなされるとともに、この時代の実情にそくしたローマ法の新たな解釈が行われた。そして、ここで重要な役割をはたしたのが、自然法あるいは自然法概念であった。 そして、物権法の分野において、ローマ法と自然法はいくつか重要な点で異なっていた。自然法においては、有体物のみならず無体物も物権の対象とされ、また、物権を公示することが重要と考えられた。とくに、公示が物権として認められる要件とされると、物権の内容と種類を限定するという物権法定主義の考え方は、浸透しにくくなる。なぜならば、公示可能な権利すべてに物権化の道が開かれるからである。そうすると、そもそも物権と債権を区別する思想も、重要視されなくなる。こうして、あらゆる権利を人的な権利義務の体系に落とし込むという思考様式が採用されるようになったのであった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2021年度も、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を強く受けた。このため、ドイツへの研究出張をまったく行うことができなかった。また、国内の研究出張も行うことができなかった。これらのことが、研究の停滞をもたらす要因となった。とりわけ、ドイツの研究者と対面でインタビューを行うことができず、また、ドイツの研究機関に所蔵されている文献を収集することができなかったため、研究の進捗が遅れてしまった。 それでもなお、ドイツに渡航できなかったり、国内出張を行うことができなかったために余裕が生じた時間を、国内の研究機関に所蔵されている資料の収集と分析にあて、さらには、当初の研究の順序を入れ替えることによって、研究計画全体の進捗状況にできる限り支障をきたさないように努めた。しかしながら、結果としては、当初の研究期間中に本研究を完了させることはできず、研究期間の延長を申請した上で、2022年度も本研究を継続することとなった。このため、本研究計画の進捗状況はやや遅れている、と評価せざるをえない。 2022年度においては、新型コロナウイルスにともなう社会状況が改善されれば、ドイツに研究出張に赴き、ドイツの研究者と対面で会合を行ったり、ドイツでのみ入手可能な文献を手に入れたりする予定である。このために、2021年度の未使用分を継続して使用する。 2022年度の社会状況がどのようになるかは予断を許さないけれども、その時々の諸状況に柔軟に対応しながら、本研究を継続していく所存である。具体的には、引き続きドイツへの研究出張の実現を模索しつつも、ドイツの研究者と適宜オンラインでのインタビューを実施し、ドイツの研究機関に文献の送付を依頼する等しながら、遅れている研究計画を改善することができるよう努める。場合によっては研究の順序をさらに組み替えることも、視野に入れている。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度までにおいて、ローマ法・ゲルマン法・ローマ法の継受・自然法について分析をすでに終えた。中世はゲルマン法の特徴がよく表れている時代であり、当時の法制度はローマ法とは異なる内容を有していた。その後、ローマ法が継受され、ゲルマン法との融合がなされる。これは、いわゆるusus modernus pandectarum(パンデクテンの現代的慣用)につながっていく。そして、自然法論に基づく法典編纂期へと推移していったのであった。 自然法は、権利の公示を重要視していたため、公示制度の発展の道が開かれたが、同時に、物権と債権の境界は曖昧なものとなった。ここに、啓蒙思想と資本主義が密接に絡み合うことで、所有権の絶対性とともに、登記制度が整備され、物権と債権は再び分化されることになる。そして、手続法である登記法と実体法である民法との有機的結合が実現していくのである。 次の課題として、物権法定主義との関係をにらみながら、制限物権の存在意義に関する考察が必要となる。その上で、BGB(ドイツ民法典)において物権債権峻別論がどの程度貫徹されているのかについて、批判的に考察することになろう。 したがって、2022年度においては、BGBにおける制限物権に関する研究を進める。所有権とは異なり、債権にも似た性質を有する制限物権の分析は、物権債権峻別論を研究するにあたって格好の素材である。また、物権法定主義は、債権と比較した上での物権の特殊性を際立たせる法理であるところ、その現代における意義を批判的に検討することこそが、物権債権峻別論を今後も維持するべきかどうか、物権と債権の法的性質をどのように決定するか、について決定的な要素となろう。 そして、これらの分析を行った上で、物権債権峻別論に関する解釈論と立法論に関する私見を提言する。その上で、本研究の集大成として、この内容を一書にまとめる。
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度も、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響を強く受けた。このため、もともとの計画において予定されていたドイツへの研究出張をまったく行うことができず、また、国内の研究出張も行うことができなかった。このため、旅費を一切使用することができなかった。 しかしながら、研究の順序を入れ替え、出張を行うことができなかったために生じた時間を有効に活用して、さらに必要な文献を渉猟し、日本国内のみならずドイツの研究機関に対しても文献資料の送付を依頼することにより、当該文献を入手することができた。このため、これら文献購入に関する物品費を使用することができた。もっとも、それでもなお、旅費を使用できなかった分が全体の多くを占めたため、結果として未使用分が多く残り、研究期間の延長を申請せざるをえなくなった。 2022年度においては、新型コロナウイルスにともなう社会状況が改善されれば、ドイツに研究出張に赴き、ドイツの研究者と対面で会合を行ったり、ドイツでのみ入手可能な文献をさらに入手する予定である。このために、2021年度の未使用分を使用する。できる限り研究の進捗にさらなる遅れが出ないよう、社会状況がなかなか好転しない場合であっても、引き続き柔軟に研究計画を変更し、本研究の完成を目指すとともに、その成果を一書にまとめられるよう、尽力する所存である。
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