研究課題/領域番号 |
19K01411
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
白井 正和 京都大学, 法学研究科, 教授 (10582471)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 上場企業 / 企業買収 / MBO / ヘッジファンド / 機関投資家 |
研究実績の概要 |
本研究では、上場企業またはその株主が今日直面している状況のうち、特に重要性が高いものとして、①株主の機関化の進展および②MBOや締出しなどによる退出リスクの高まりを主に取り上げ、①②に伴い生じうる法的問題を分析・検討するとともに、企業価値または株主価値の向上という観点から制度改善の提言を試みる。また、研究開始時以降の状況変化に伴い注目されるようになった上場企業における①②以外の課題についても、適宜取り組むことを予定する。 研究3年目に当たる本年度は、昨年度に引き続き②の点について分析を深めた。中でも、会社の非上場化の場面における株主の有力な救済手段である株式買取請求制度に関する分析・検討に力を入れた。わが国でこの約10年程度の期間で急速に形成されてきた株式買取請求に関する判例法理においては、ファイナンス理論等の法学以外の様々な知見が必要不可欠となるなど、裁判所の決定文においてもかなり複雑かつ高度な内容が示されるようになっており、現時点におけるその全体像や到達点を正確に理解しようとするだけでも容易なことではない。そこで、本年度は、株式買取請求制度を巡る現在の判例法理の到達点を明らかにするとともに、その理論的課題や改善点等を提言することに正面から取り組んだ(『数字でわかる会社法〔第2版〕』および「株式買取請求における公正な価格(2)」会社法判例百選〔第4版〕)。 その他、会社の中でも上場企業を主に念頭に置きつつ会社法の基本的な考え方を解説するテキストを執筆するとともに(『ストゥディア会社法〔第2版〕』)、上場企業の株式取引を巡る今日的な問題の1つとして、私設取引システムであるPTSにおける相場変動を目的とした見せ玉の金商法違反の問題を考察する論稿を公表した(「同一企業集団に属する別法人の従業員によるPTSの相場変動を目的とした見せ玉と課徴金納付命令」金融法務事情2169号)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究は、上場企業またはその株主が今日直面している状況のうち、特に重要性が高いものとして、①株主の機関化の進展の点および②MBOや締出しなどによる退出リスクの高まりの点を主に取り上げ、①②に伴い生じうる法的問題を分析・検討するとともに、企業価値または株主価値の向上という観点から制度改善の提言を試みるものである。 【研究実績の概要】の欄で詳しく述べたように、本年度は特に②の点に力を入れ、会社の非上場化の場面における株主の有力な(わが国ではほぼ唯一といっても過言ではない)救済手段である株式買取請求制度に関する考察に多くの時間を割いた。あわせて、①②のいずれにも関連する問題であるが、2021年にはわが国で上場企業に対する敵対的買収を巡る重要な裁判例が合計で4件ほど示され、実務・理論の両面で多くの注目を集めているところ、これら4件の買収事例を理論的観点から統一的・総合的に分析・検討するとともに、その内容を論稿の形で現在執筆中であり、分量が多くなることが予想されるため、おそらくは2回程度の連載の形で2022年度中に学術誌への掲載という形で公表する予定である。さらには、研究開始時以降の状況変化に伴い新たに注目されるようになった①②以外の上場企業を巡る課題にも精力的に取り組み、中でも私設取引システムであるPTSにおける相場変動を目的とした見せ玉の金商法違反の問題を考察した。 このように、本研究はおおむね順調に進捗しているが、その一方で、新型コロナウイルスの蔓延という状況の下、本年度も昨年度に引き続き、学会や研究会が中止・延期となったり規模を縮小してオンラインのみの開催となったりしたことを受けて、学会発表の機会は残念ながら減り、論文の公表や書籍の出版という形以外での対外公表の機会は少なかったといえる。以上の状況を踏まえて、現在までの進捗状況としては、おおむね順調に進展しているものと評価する。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画の4年目に当たる次年度(令和4年度)においては、①株主の機関化の進展に関する問題にも②企業買収・締出し等による株主の退出リスクの高まりに起因する問題にも、いずれにも大きく関連する問題として、敵対的買収の場面における買収防衛の問題を掘り下げて検討する予定である。既に述べたように、2021年にはわが国で上場企業に対する敵対的買収を巡る重要な裁判例が合計で4件ほど示され、まさに今日において実務・理論の両面で非常に多くの注目を集めているところ、これら4件の買収事例を理論的観点から統一的・総合的に分析・検討することを予定している。また、とりわけ②に関連する問題として、上場企業を念頭に、実務の問題関心も踏まえながら、締出しの場面における対象会社取締役の義務に関する検討や支配株主に対するありうべき規律づけの仕組みの検討を進めることを想定している。以上の研究を通して、①②のテーマにつき引き続きバランスよく進展させることを目指す。 それとともに、研究開始時以降の上場企業を巡る状況の変化に伴い新たに注目されるようになった①②以外の課題についても適宜目を配ることで、上場企業を巡る現代的課題に法的観点から対処するという本研究の有用性をより一層実現できるよう最大限努力する。中でも上場企業の株主総会実務に関する近時の重要課題については、本研究の研究テーマである①株主の機関化の進展といった現象とも関連づけながら研究を進める予定である。具体的には、上場企業の株主総会を念頭に、機関投資家の従業員による株主総会への出席の意義を巡る問題(事前の書面投票が撤回されたと評価されるのはどのような場合か)や、代理人等の議決権行使がその背後にいる本人の指図に反する場合の議決権行使の有効性の問題など、裁判例の登場を機に議論されるようになった近時の株主総会を巡る実務上の重要問題を取り上げ、検討を深める予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
(理由)次年度使用額は170,593円であり、次年度使用額が生じた理由は、今年度の研究をある程度効率的に進めたことに加えて、新型コロナウイルスの蔓延により、東京などの遠隔地で開催される予定であった学会および研究会のほとんどがオンライン開催に変更されたことで、旅費の支出が不要になったことに起因する。 (使用計画)次年度請求額とあわせ、研究遂行に必要な専門書・雑誌の購入や、(次年度もおそらくは新型コロナウイルスの蔓延状況に変わりはないことが予想されるため)オンライン開催が主流になりつつある学会・研究会に対応する観点から、研究遂行に必要な機器の購入等に使用する予定である。中でも、オンライン会議に対応するためのノートパソコン等の機器について、この2年間の度重なる使用を通じて現在使用中の機器が徐々に故障または不具合を示し始めていることもあり、修理または新たな機器の購入のための予算を確保しておく必要がある
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