研究課題
2019年度は、アメリカ環境法における〈「憶測」の排除〉に関する議論動向の把握に努めた。具体的には、文献データベースや既存の学術文献により、関連する裁判例や論文、書籍などの概観的な調査を行った。ついで、参照頻度が高く重要と思われる学術文献を同定し、精読を開始した。これらの作業は、アメリカ環境法における、行政決定の根拠となることが法的に認められない科学的知見――その〈不確からしさ〉――の範囲を同定し、あわせてかかる判断を正当化する法的根拠を探究することを目的とする本研究において、引き続き行われる分析・考察に向けた基盤的知見を構築する。このうち、たとえばDoremus & Tarlock (2005)は、自然保全分野における行政決定を裁判所が無効とする場合は限定的だとしつつ、そのような場合として、(1)根拠とされる情報と最終的な結論との間に重大な矛盾がある場合、(2)行政決定が、利用可能な証拠に従っていることにつき筋の通った説明を行わない場合などを挙げる。こうした整理は、裁判例および学説の分析枠組みとして有用であると考えられる。また、次年度以降の研究を先取りする形で、連邦法である「絶滅の危機にある種に関する法律」(Endangered Species Act (ESA))に基づく行政機関の決定を、その科学的根拠が「憶測的」であることを理由に違法とした連邦巡回控訴審裁判所の裁判例につき、そこにいう「憶測」の内容、そうした措置を違法とした論理構成を分析し、その成果につき所属学会において口頭発表を行った。この判決では、「憶測」に基づく行政決定が専断的・恣意的基準に基づき違法と判断されていた。アメリカ行政法における専断的・恣意的基準については、わが国でも多くの紹介があるが、今後、本研究の主題との関係で、同基準の意味内容について改めて検討する必要性が確認された。
2: おおむね順調に進展している
研究実施計画では、研究初年度である2019年度においては、関連する裁判例および学術文献の渉猟と分析とを行うこととしていた。文献データベースによるこれらの調査と収集とはほぼその通りに進められた。書籍の収集については、2020年に入ってからの新型コロナウイルス感染症に係る影響を受け、一部の書籍については入手することができなかった。「研究実績の概要」欄で記載したように、裁判例の分析作業についてはその成果の一部を所属学会において口頭発表しており、これは当初の計画では予定されなかったものである。以上を総合して判断した結果、上記の区分のように評価した。
研究2年目となる2020年度においては、2019年度に収集した学術文献および裁判例の分析を進め、あわせて、引き続き研究資料の概観的調査と収集とを行う。とくに、研究実施計画にも記載した、気候変動の影響による50年後以降の環境予測を「憶測」として扱った裁判例については、〈気候変動と種の保存〉という主題、具体的には、気候変動に伴う環境変化が野生生物種の個体数の減少圧を高めるとして、ESAを用いてこうした種の保存を図ろうとする試みからも注目されるものであり、2020年度の早い時点において精力的に検討を行う。〈「憶測」の排除〉の法的根拠としては、現在のところ、(1)行政裁量の統制基準や、(2)ESAが定める、行政機関に対する「利用可能な最善の科学的・商業的データ」の利用義務などが主に考えられる。このうち(1)に関しては、「研究実績の概要」の欄で記した通り、すでに専断的・恣意的基準によって「憶測的」な科学的根拠による行政決定を違法とした裁判例がみられたところである。専断的・恣意的基準に関してはアメリカ行政法において議論の蓄積がみられ、それをわが国に紹介する先行研究も数多い。これらによりつつ考察を進める。その上で、ESAに関する裁判例を中心に、裁判所が「憶測的」な科学的知見を行政決定の根拠から排除するにあたり、同基準をどのように解釈しているかを確認する。
2020年に予定していた出張が、新型コロナウイルス感染症による影響のため軒並みキャンセルとなった。これにより生じるおそれのあった知見の不足は、関連文献を追加的に収集することにより補うこととしたが、書籍については納品が会計手続期限に間に合わないものがあり、これにより次年度使用額が生じた。2020年度においても、当面、出張が困難な状況が見込まれることから、かかる次年度使用額は主として書籍の購入に充当することとする。
すべて 2019
すべて 学会発表 (3件) (うち招待講演 1件)