本件研究課題に関係する海外の動向として,本年度は,オーストリアで成立した2022年1月1日施行の「臨死指示法の制定並びに麻薬法及び刑法の改正に関する連邦法」に関する分析を試みた。この新規立法は,オーストリア憲法裁判所が2020年12月11日付けで(旧)自殺幇助罪に対して下した違憲判決の方向性を具体化するものである。すなわち,臨死指示(いわゆる「事前指示」とは異なる)の作成により,自身の人生を終える決意が確定され,その臨死指示を薬局に提示することで自殺用の薬剤が入手可能になる手続を臨死指示法は規定している。そして,このような手続に対応するかたちで,改正刑法は,自殺幇助の合法的態様を限定的に規制している。このオーストリアにおける立法動向に関しては,「手続化」という表現を用いて要約しようとする論者もいる。 その一方で,このような「手続化」に対して懸念が示されている点も見落とすことはできない。例えば,ここにおける過剰な手続化は,そのような制度自体の「官僚化(Buerokratisierung)」を生じさせ,結果として,その敷居の高さから,患者において当該制度の利用が断念されやすくなることも懸念されている。確かに,この場合,患者の自律性が逆に損なわれうるという意味で本末転倒であろう。 結局のところ,かかる懸念とも関連するかたちで,当地の臨死介助法制は,単なる形式的な手続順守の確認に留まらず,実体法的な実質判断の余地も示唆されている。本研究では,このようなオーストリアの議論を参照しながら,近時,我が国の医事(刑)法上も関心が持たれ始めている「手続化」論に加え,その先を見据えた「官僚化」という争点も検討した。本年度は,この点に関する研究内容を学会及び専門誌等に公表した。
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