2021年度は研究会で研究成果を報告するとともに、日本版反知性主義の例とした東京堂発行の『読書人』誌の言論弾劾活動について、「書評誌『読書人』の国内思想戦―1940年代前半日本の言論空間研究」と題する論文の続篇を『産大法学』55巻2号、3・4号に公表した。戦争末期の同誌で紀平正美が西田幾多郎を、文部省教学官の小沼洋夫が和辻哲郎を執拗に弾劾したが、文部省の依頼によって西田・紀平・和辻は教学刷新評議会委員に、紀平と和辻は『國體の本義』編纂委員に就任した経緯が過去にある。 総括論文「『國體の本義』と文部省の政策志向性」は、『藝林』71巻2号での公表が確定している。本論文では、『國體の本義』編纂時の思想と政策の関係を「文部省としての公式の政策志向性」、「編纂時の文部官僚の政策志向性」、「編纂に関わった研究者の思想的立場」の三層に整理し、それぞれの特徴を明らかにする形で分析を行なった。文部省は教学刷新評議会で内務省関係者の反対を押し切って國體の内容を広義に捉えると主張し、『國體の本義』では評議会答申の文言に応じて拝外と排外の両方の思想傾向を批判している。また、当時の文部官僚は、『國體の本義』でマルクス主義に対抗するのみならず国家主義に対しても反省を求めたと主張する。『國體の本義』という断定口調の表題で文部省が刊行すること自体に同書刊行の意義があり、当時の文部省には國體解釈の主導権を取ろうとする強い意欲が存在したということである。 ただし、『國體の本義』編纂は拙速に、関係者の思想的対立に真剣に向き合うことなく進められており、委員間の対立と『國體の本義』の思想内容の関係には曖昧な所があった。今後、日本版反知性主義との関係や後年の国内思想戦との関係と合わせて、また、本年度実施できなかった教育図書館での調査も合わせて、文部省の昭和10年代の政策の検証をさらに進めることを計画している。
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