昨年度に引き続き、ジェイムズ6世・1世以降のステュアート朝を主な対象として、皇太子ヘンリからチャールズ1世を経て、チャールズ2世による王政復古へと至る王権と君主の「再生」の過程を追跡した。本年度はとくに、チャールズ1世の君主教育や同時代の貴族や顧問官の役割などに加え、ベン・ジョンソンらによる戯曲や仮面劇、あるいはルーベンスやヴァン・ダイクらによるチャールズの肖像画などの、君主政における「アート」の政治思想的な重要性に改めて注目した。 本年度はまた、内乱以降の17世紀後半にも視野を広げ、護国卿のクロムウェルや、ホッブズやロックなどの政治思想を王権や君主政の観点から再検討するとともに、宮廷社会を一つの範型とする社交性をめぐる議論に着目した。それらの成果の一端は、『政治思想研究』第22号に掲載された論文「政治思想の「振舞い」―シヴィリティと統治のアートをめぐって」や、『啓蒙思想の百科事典』における項目「社交性」に反映された。 以上の作業を含め、本研究においては、17世紀のブリテンを主な対象として、王権と君主政をめぐる議論の諸相を考察した。同時代の政治思想は従来、デモクラシーや自由主義、近代国家の形成、あるいは立憲主義や共和主義などの観点から注目されてきた。これらに対し、本研究において明らかになったのは、「ブリテン」という「文明化された君主国」の思想的な強靭性や復元力の一端である。もっとも、パンデミックの影響によって、国内外での関連資料の調査などは予定通り実施できなかった。しかし、このことは他方で、ジェイムズ6世・1世期や王政復古期における疫病・ペスト対策=統治性の発動の問題への歴史的な関心を促すだけでなく、君主政に限らない、より広い思想史的な観点から統治の技術=アートを理解するという、新たな研究課題をもたらすこととなった。
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