2023年度の研究実績は,次の通りである。 第1の実績は,安藤順彦氏との共著で「日本ではなぜ産業構造変化が生じないのか:制度経済学的解釈」を執筆し,これを『季刊経済理論』に寄稿したことである。本稿では次の2点を明らかにした。日本において使用者と中核労働者の間で従来型のコーディネーション関係が維持される一方で,労使協約から外れるような周辺的労働者が量的に拡大していることがしばしば指摘されているが,本稿のクラスター分析の結果からもそうした傾向が改めて確認された。また2000年以降の日本の雇用構造に着目すると製造業では高い雇用シェアが依然として維持されており,バラッサ指数でみると日本では製造業内部での構造変化はほとんど生じていない。つまり,労働市場の流動化を中心に据えた1990年代以降の一連の労働市場政策は,従来型の産業構造を保存する方向に作用した。次に,産業構造変化を促すようなミッション志向の産業政策の効果を理論的に分析した。政府支出をある産業に優先的に割り当てた際に経済全体の稼働率や長期の均斉成長率が増加するためには,ミッションに沿う産業の労働生産性が他方のそれに比べて十分に大きくなければならないことを示した。ミッション志向型政府支出はその開始当初は効果が薄いかもしれないが,時間がたつにつれて当該部門の需要成長が労働生産性を高めれば,最終的にはミッション志向の政府支出は経済全体のパフォーマンスに寄与する。 第2の実績は,金融政策に伴う利子率の変化がジニ係数で表されるような個人的所得分配の不平等度に与える効果を理論的に分析した"Income inequality in terms of a Gini coefficient: A Kaleckian perspective"の改善作業を進め,最終的にCambridge Journal of Economicsに掲載されたことである。
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