研究課題/領域番号 |
19K01551
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
下川 哲矢 東京理科大学, 経営学部ビジネスエコノミクス学科, 教授 (30366447)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 神経経済学 / 統計的パターン認識 / Rational inattention / 意思決定 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、1.Rational inattentionモデルにおける認知的妥当性の実証的検証を基に、2.情報の取捨選択行動を加味した意思決定モデルを構築し、3.その均衡モデルにおけるインプリケーションを明らかにすることである。 本年度は、主として、上記1と2について研究を実施した。具体的には、人々の投資行動に関するより有効な記述モデルを作成すべく、小規模な予備実験と意思決定モデルの修正を繰り返した。この過程において、(1)被験者ごとに個人差が大きいことをまず確認した。この点は意思決定研究一般に共通する点であり、Rational inattentionモデルにおいても既に報告のあるところである。その意味で予想通りの結果であると言える。本研究の連続投資課題(SIT課題)の優れた点の一つは、各被験者に関して比較的多くのデータが得られる点である。この点を利用して個人ごとにモデルの推定を行うことで、モデルの複雑さはある程度失われることになるものの、この問題を回避する。 次に、(2)情報収集行動・認知に関するコスト関数が、Rational inattentionモデルにおいて通常仮定されるような、相互情報量に関する線形関数では不適切であることを確認した。これは意思決定モデルにおいて新規情報に対する反応係数が、相互情報量に対して一定ではないことを意味しており、Rational inattentionモデルに重要な修正が必要なことを意味している。 しかしながら、次に詳述するように、一般に(3) Rational inattentionをベースとしたモデルの実証的なパフォーマンスは、それほど良いものではないことが判明し、本年度はこれをどのように改善するかに、多くの時間を費やした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度、研究の進展がやや遅れている理由は、Rational inattentionをベースとしたモデルの実証的パフォーマンスの改善に取り組み、試行錯誤を重ねたからである。パフォーマンスが全般に優れないのは、単に、Rational inattentionをベースとしたモデルが行動意思決定モデルとして適切でないということかもしれないが、その結論に飛びつく前に、いくつかの可能性についてひとつずつ検討した。 まず、(1) Rational inattentionモデルで分析の中心となる相互情報量以外のバイアスの影響を切り分けるために、これまで知られている代表的なバイアスをモデルに組み込み検討した。分析にはカーネル法やDeep Neural Networkを用い、精緻化を図った。次に、(2)状況に依存した意思決定のレジームスイッチが存在する可能性についても検討した。レジームスイッチの存在は、意思決定研究ではしばしば指摘されることであり、特に連続投資課題のような通時的な課題では重要性を増すと予想される。ノンパラメトリックベイズ法を援用して、事前にレジームの数を前提としないようなモデルを開発した。最後に、(3)実験のデザインについても再検討を行った。当初は、自己相関やGRACHモデルから過去の収益率が持つ情報量の変化を計算することを予定していたが、よりシグナルを明確にし、相互情報量の増加を被験者に分かりやすくするために、外生的に新規情報を与える形の実験も検討した。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、本年度の検討結果から得られたいくつかのモデルの候補を用いて、当初の計画通り3つの実証実験の実施を予定している。実験1は連続型投資意思決定課題と生体情報のmulti-modal計測を行う基本実験であり、被験者の規模は60名程度を予定している。実験2では被験者の習熟度の違いを加味した実験を行う。具体的には、課題に習熟する前と後の情報行動の差異、熟練者グループ(金融投資業務あるいはシステム開発業務に携わっている者)とそうでないグループ(学生)の情報取捨選択行動の差異を明らかにする。さらに実験3では市場環境と情報の取捨選択行動関係を特定する実験を行う。具体的には、市場参加者数や取引形態(マイクロストラクチャー)を変化させた実験を行う。これらの実験における最終的な検討課題は、(1) Rational inattentionモデルや、そこで使われる新規情報に対する反応係数が、人々の情報獲得処理行動を適切に表すか、(2)相互情報量が人々の情報獲得処理行動に対応するか、といった問題に結論を得ることである。 これらの検討を経て、Rational inattentionを加味したより精緻な意思決定モデルが得られれば、それを用いたエージェントが参加する人工市場において、どのような統計的な性質が観察されるのかが検討可能になる。これも当初の予定通り実施する。
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次年度使用額が生じた理由 |
現在までの進捗状況で述べたように、本年後はRational inattentionをベースとしたモデルの実証的パフォーマンスの改善に取り組み、予備実験とモデルの改良を繰り返した。これにより当初予定した実験1を実施できなかったのが主たる要因である。
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