研究課題/領域番号 |
19K01558
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
下村 研一 神戸大学, 経済経営研究所, 教授 (90252527)
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研究分担者 |
瀋 俊毅 神戸大学, 経済経営研究所, 教授 (10432460)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 交換経済 / 完全競争 / 均衡の安定性 / 標準形ゲーム / 混合戦略 / 提携形ゲーム / 提携構造 / 交渉集合 |
研究実績の概要 |
第一の研究は,交換経済の実験分析である.このプロジェクトは神戸大学の研究チームと東京工業大学の研究チームによる共同研究である. 2タイプの消費者多数の2種類の財の初期保有の配分を変えたダブルオークションの実験とデータの整理は既に東京工業大学のチームが行っており,データの加工と検定を瀋が,論文の全体の取りまとめと専門誌への投稿を下村が行った.その結果は不採択となった.だが,編集長からの改訂の方向と再投稿の勧めが書かれた有益なコメントを受けて,神戸大学と東京工業大学の共同研究者でオンライン会議を開催して議論を行い,新型コロナウィルス感染症の流行が終息次第再実験を行うことを決定した. 第二の研究は, 2人非協力ゲームの実験分析である.このプロジェクトは神戸大学・広島市立大学の研究チームとイギリスのリーズ大学の研究チームによる共同研究である.新型コロナウィルス感染症の流行により新たな実験に実施を見送ったため,2021年度は既に行った実験のデータを理論予測と比較して分析した.下村と瀋はそれぞれモデルの理論予測とデータの整理を完了し,その結果をリーズ大学のチームに送り共有した.その後,同大学のチームからデータ分析の中間報告が送られてきたので,瀋がチェックを行いデータの加工と検定方法に問題がないことを確認した. 第三の研究は,多人数協力ゲームの理論分析である.このプロジェクトは下村の個人研究である.抽象的な協力ゲームに書き換えられる経済モデルで協力が提携内でのプレイヤーにどの程度の大きさの利得を与えられるかは,プレイヤーの効用関数,初期保有,そして生産技術という初期条件により決定される.このような環境で,プレイヤーへの利得の配分が「定常的な交渉集合」の元として達成されるような提携構造が存在するためのなるべく一般的で意味がわかる条件の特定化に取り組んだ.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
交換経済の実験分析に関しては,新型コロナウィルス感染症の流行が終息次第被験者を募ることとしたが,2021年度内に感染症は終息せず実験の実施は断念せざるを得なかった.ただし,この状況は当初から予測していたため,別の研究を進めた.2人非協力ゲームの実験分析に関しては,神戸大学・広島市立大学の研究チームにより必要な実験は終了した.下村は実験を実施する前に理論予測を行い,瀋は実験を実施した後にデータの整理を完了した.リーズ大学のチームは経済学者と心理学者から形成され,送ったデータに関しての質問が神戸大学に寄せられたがすべてに解答し,解答を理解したという返信を受け取った.現在は,リーズ大学からの最終報告の到着が待たれる状態である.多人数協力ゲームの理論分析に関しては,安定な提携構造の形成を説明するのに最も適した解がコアである事は異論をはさむ余地はない.形成されなかった提携の中で,コアがもたらすよりも高い利得を提携内で実現することが不可能だからである.そこで,どのような提携構造を形成してもコアが空集合となるような環境においてはどのような提携構造が形成されるかという問題は以前より提起されていた.それに対する解答はゲーム理論研究者により複数挙げられていたが,本研究ではその一つである「交渉集合が非空集合となるような提携構造」が形成されるという考えを支持した.安定な交渉集合が非空集合となるような提携構造の存在は,利得が譲渡可能であるゲームについては既に証明されていたが,効用が譲渡不可能である場合については存在しない例が見つかっており,このような例を排除する条件でなるべく解釈しやすいものを探して見つけ,「定常的な交渉集合」が非空となる提携構造の存在証明をするという形でこの問題を解決した.この証明は査読付き学術誌の論文として公刊された.
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今後の研究の推進方策 |
交換経済における消費者の初期条件が価格調整過程の安定性と不安定性をどのように決定するかについて,理論予測とラボ実験データの比較分析の方法を新しく取り入れることを検討している.この推進方策は,論文の草稿を読んだ米国の研究者の助言に基づく.本研究は,もともとは比較静学の実験を意図していた.ヴァ―ノン・スミスによりダブルオークションが完全競争市場の実験方法として学界に認知された理由の中に,比較静学の理論予測が実験により確かめられたことがあった.ただ,これまでの市場の比較静学は均衡が安定であるものに限られていた.これは理論上不安定な均衡で比較静学を行うことを疑問視する考えが根強いことが主要因である.そこで,このような理論による分析が避けられている問題こそ実験で分析する価値があると研究チームは考えた.しかし,米国の研究者の助言は,この実験を比較静学でなく,動学的調整過程(つまり収束や発散の途中)でのショックと考えることであった.ただ方法論としては,マクロ経済学の実物景気循環のシミュレーションとの共通点が多いので,もし本当にこの方法を分析に用いるのであれば前提条件の吟味を慎重に行いたい.一方,交換経済の競争均衡の安定性に関する理論研究では,連立微分方程式の動学経路の分析を定性的分析の可能性を模索中であるので,この方向でもう少し考察を継続したい.2元連立微分方程式で閉軌道が存在するための十分条件の解説がある数学書に沿って慎重に確認したところ,研究中の微分方程式がその条件を満足することは判明した.だが,単なる存在では極端に小さな点に近いような閉軌道である可能性も排除できず,もしそのような閉軌道ならば均衡はほとんど安定であると言ってよくなる.研究中のモデルは,シミュレーションの結果からは,このようなケースが排除される条件が満たされているように見えるので,その本質的な条件を探していきたい.
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次年度使用額が生じた理由 |
2021年度に予定していた下村(研究代表者),瀋(研究分担者)のそれぞれの国内出張と国外出張が新型コロナウイルスの影響によりすべて中止した.可能ならば被験者実験を行う計画を立てていたが,新型コロナウイルスの影響によりすべて中止した.また出張の自粛に伴い,大学の専門家に進行中の研究に対して指導助言を依頼する計画であったが,新型コロナウイルスの影響によりすべて中止し,オンラインで実施した.この次年度使用額は,新型コロナウイルスの感染状況を見て,翌年度分として請求した助成金と合わせ,主として国内出張と被験者実験に使用する計画である.
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