研究課題/領域番号 |
19K01711
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
板谷 淳一 北海道大学, 経済学研究院, 教授 (20168305)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 最適所得税 / 生活保護 / スティグマ / 漏給 / 進化ゲーム |
研究実績の概要 |
マーリーズ (1971)は一定の税収を確保しながら社会厚生を最大化する最適非線形所得税理論を構築して、現実社会において広く採用されている累進所得税制がいかなる条件下で正当化できるかを考察した。他方、生活保護の制度設計はアカデミックだけでなく実際の政策立案において、税制の制度設計とは別個の問題として議論されている。これに対して、本研究では、生活保護の受給にスティグマが伴う結果、漏給(生活保護を必要とする者が受給要件を満たしているにもかかわらず受給しない状態)が生じている状況下で、最適非線形所得税制および生活保護の最適制度デザインが理論的分析とその定量的な評価を行うことを目的とする。 現在までに、生活保護の受給にスティグマが伴う状況で2つの制度を一体化して扱い、共通の政府の予算制約式の下で一つの社会的厚生関数の最大化して、生活保護給付の財源となる所得税の最適税率の導出および最適生活保護給付水準を決定する理論モデルを構築した。さらに、従来の最適非線形所得税理論の結果がどのように修正されるかを検討した。その結果、次のような結果が得られた。 (1)高所得者の限界税率はゼロにはならない。(2)最適生活保護給付水準は正であり、低所得者層に対する社会厚生関数のウエイトが大きい場合、その給付水準は増加する。(3)Besley and Coate(1992)の『統計的差別モデル』を用いた場合、不正受給者が多い時、スティグマが大きくなる結果、漏給が多くなるので、最適所得税はより再分配効果の強いものになる。(4)Besley and Coate(1992)の『納税者の怒りモデル』を社会的厚生関数に組み込んだ場合、最適所得税の再分配効果は弱められる(5)労働参加決定が許されたextensive modelでは、最適所得税率が負になることが知られているが、必ずしも負の所得税率にならないことが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
理論モデルの構築と定性的な比較静学分析は終了している。概ね、予想された理論的結果が得られている。残された課題は、得られた最適所得税構造や生活保護の最適給付水準に関する理論結果が、現実経済のパラメーターの値および所得の稼得能力に関して特定の分布を用いて遂行されたシュミュレーション分析の結果と、現実の税構造(日本あるいはアメリカの税構造)や生活保護制度と比較することである。来年度では、このような比較のためのシュミュレーション分析を実施する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
来年度は、理論モデルから得られて定性的結果や最適所得税構造の現実的妥当性を検証するためにシュミュレーション分析を実施する予定である。そのために、理論モデルを構成する個人の効用関数および労働能力分布の関数形を特定化して、さらに、従来の計量経済学的分析や労働経済学の実証分析から得られている推定値を用いて、労働供給の弾力性や所得分布を決めるパラメーター値を選択して、最適所得税率および最適生活保護給付水準を数量的に決めるためのシュミュレーション分析を実施する。モデルが大規模になるため、シュミュレーション分析は必須である。また、これらのパラメーターの値を変更することによって、特に所得稼得能力の分布関数や社会的厚生関数の個人へのウェイトの変更が、最適所得税の限界税率および最適生活保護給付水準にどのような影響を与えるかという感度解析も行う予定である。来年度の8月にアイスランドで開催予定の『国際財政学会』で完成論文を発表する予定であったが、コロナファイルス新型コロナウイルスの感染拡大のため中止になったので、学会発表よりも投稿論文の完成を優先させて、来年度中に公共経済学の査読付国際雑誌である『Journal of Public Economics』あるいは『Journal of Public Economic Theory』に投稿する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナファイルスの発生のため、共同研究者が在住する英国に共同研究の打ち合わせにために渡英することが困難になり、海外出張を断念した結果、旅費として計上した予算があまりが生じため、来年度に持ち越すことになった。
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