研究課題/領域番号 |
19K01714
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
佐口 和郎 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (10170656)
|
研究分担者 |
金井 郁 埼玉大学, 人文社会科学研究科, 准教授 (70511442)
橋本 由紀 (長澤由紀) 独立行政法人経済産業研究所, 研究グループ, 研究員 (30707675)
|
研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | ライド・ヘイリング事業 / プラットフォーム・ビジネス / 既存タクシー産業 / 雇用者性と非雇用者性 / インディペンデント・コントラクター / 地域貢献 |
研究実績の概要 |
プラットフォーム・ビジネスの事例として、ライド・ヘイリング事業に着目し、その登場が既存のタクシー産業の乗務員の働き方にどのような影響を及ぼすのかを検討した。まず、日本のタクシー乗務員の雇用者性と非雇用者性の二重の性格に関して、2018年度に実施した「タクシー乗務員アンケート調査」と「賃金構造基本統計調査」を活用して分析を行った。それにより、基本給の有無、退職金制度の有無、仕事の自由度への希望の強さ等に関して、東京と地方という地域要因が有意な差をもたらすことを発見した。また、この地域差は、賃金水準の変動の差異(「賃金構造基本統計調査」の分析から)とも整合していた。 但し、タクシー会社へのインタビュウ調査を踏まえると、東京=非雇用型、地方=雇用型とすることには強い留保が必要であり、単純な二項対立図式の再検討の必要性も浮上した。例えば、東京都で新規大卒者採用を始めているK社は、入社後の訓練も体系的に整備している一方、賃金制度や賃金カーブは年功賃金とは大きく異なる。また、地方で生き残り戦略を模索しているF社は、貨客混載事業を軸に自治体を巻き込み諸サービスの供給のネットワーク化を推進しているが、それを可能としているのは、通常の雇用者性では把握しきれないタクシー乗務員の極めて柔軟な働き方であった。日本では、ライド・ヘイリング事業からの脅威に、政策面からだけでなく、タクシー会社自身が多様かつ多層性を帯びた自己変革で対抗していることが背景にあると考えられる。 東アジアのライド・ヘイリング事業と既存のタクシー産業との関係に関しては、中国の滴滴出行がUberを駆逐した過程とそこでのタクシー産業との「連携」について検討した。具体的には、杭州市を訪問し、関連企業の幹部へのインタビュウ、この領域の研究者との交流を行った。中国での事例は、今後の東アジア域内での比較研究を進める上での重要な参照点となる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2月下旬からの新型コロナウイルス問題の発生によって、韓国でのライド・ヘイリング事業と既存のタクシー産業との関係についての予備調査を行うことができなかった。その結果、東アジア域内での国際比較が当初の計画に比べると進んでいるとは評価できず、この領域での日本の特質の摘出に関してもやや初歩的な推論の段階にとどまっている。 国内調査についても、上記の理由から、京都府京丹後市で地域公共交通の担い手としてUberの配車アプリを活用してきた丹後町の事例、同じく地域社会との共存を模索するタクシー会社(青森県、秋田県、岩手県の3社のうち1社)の事例に対する補足調査を行うことができなかった。また、地方で地域貢献を積極的に追求し始めているタクシー会社(広島県)の事例への予備調査を予定していたが、これについても上記の理由から実現できなかった。これにより、ライド・ヘイリング事業からの(間接的)影響が、地方(特に過疎地)でのタクシー会社の経営とそこでの乗務員の働き方にどのように及んでいるのかを分析し類型化を試みるという当初の計画を十分進めることができなかった。
|
今後の研究の推進方策 |
第一に、「タクシー乗務員アンケート調査」の計量分析を、事例調査での発見を取り込んで論点を豊富化しつつ進める。また、この結果と、本格的に開始する「賃金構造基本統計調査」の個票分析との照合を行う。 第二に、大都市の大手タクシー会社と地方のタクシー会社における乗務員の働き方の比較をインタビュウ調査を中心に進める。その際、雇用者性ー非雇用者性という観点を補助線としつつも、それに拘泥せず、実際の働き方(賃金、雇用保障、キャリアの展望、自由度等)を詳細に検討することで現在の趨勢とその意味を考察する。特に、地方については、地域貢献という公共的役割に着目して検討していく。また、日本の場合、政策的にはライド・ヘイリング事業を禁止しつつ、それに対抗する戦略をタクシー会社が多様かつ多層的に展開していると考えられる。インタビュウ調査は、この観点を念頭に置いて進めていく。 第三に、東アジアでのライド・ヘイリング事業と既存のタクシー産業との関係の分析を進める。具体的には、すでに入手している中国のライド・ヘイリング関連の文献研究を進め、同時に韓国・台湾において、この問題に関する予備調査を行う。ライド・ヘイリング事業と既存のタクシー産業が「共存」する中国、ライド・ヘイリング事業を政策的に禁止している日本と韓国、ライド・ヘイリング事業が事実上機能しつつある台湾を比較して、この差異が生まれる要因を特に既存のタクシー産業での乗務員の働き方に注目して検討していく。 さらに、アメリカの研究者の協力を得て、ライド・ヘイリング事業の発祥の地であるアメリカ・カリフォルニア州でのUber・Lyftの乗務員の法的地位に関する立法・訴訟の動向と、それが同州のタクシー乗務員の働き方にどのような影響を及ぼしているのかについて最新の情報を収集する。これは、本研究の最終年度に行う総括的な分析への準備作業の一環である。
|
次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響で、2月末から3月末にかけて計画していた海外出張(韓国)での調査を実現できなかった。また、同様の理由から、京丹後市丹後町でUberアプリを活用するNPO、地域との共存を模索する青森県・岩手県・秋田県のタクシー会社(計3社のうち少なくとも1社)への補足調査、広島県で地域貢献を掲げて新しい事業を展開するタクシー会社(1社)への予備調査等を行うことができなかった。 2020年度では、新型コロナウイルス問題の状況をふまえつつ、韓国での調査を実施することをはじめとして積み残した調査を着実に遂行する。また、海外調査としては台湾での調査を実施する。国内調査については、地域社会との共存を模索する事例として、青森県・岩手県・秋田県の3社すべてに補足調査を実施し、広島県・島根県のタクシー会社(各1社)への予備調査も行う。さらに、Uberアプリを活用している大阪府のタクシー会社、ICTを活用した独自のイノベーションで新事業を展開する徳島県のタクシー会社への補足調査も計画している。
|