研究課題/領域番号 |
19K01771
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研究機関 | 九州国際大学 |
研究代表者 |
西山 茂 九州国際大学, 現代ビジネス学部, 教授 (20289565)
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研究期間 (年度) |
2019-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 信託 / 受動信託 / 能動信託 / プリンシパル=エージェント関係 / 信認関係 / 信託法 / 財産管理制度 / 金融制度 |
研究実績の概要 |
信託とは受託者(一般に信託銀行や信託会社などの機関受託者)が設定者(委託者)から財産を受託し、受益者のために管理する制度です。この研究課題は信託をプリンシパル=エージェント関係(当人と代理人の関係)として捉え、その仕組みと役割を経済学的に分析します。この課題は基礎的な研究(2か年)と応用的な研究(3か年)の二段階で構想しており、2021年度は応用的な研究の初年に当たっていました。これまでの研究成果により、プリンシパル=エージェント関係としての信託が有する独自性を直接に規定する固有な法理および慣行とそれらの経済的意義が明らかにされるとともに、こうした独自性を経済分析の立場で捉えた信託の理論的な理解とプリンシパル=エージェント関係としてのそのモデル化を主眼とした考察を進めることができています。これを承けて本年度は基礎的な研究からの理論的な展開にも十分配慮しつつ、信託法の実体と効果の一般的な解明に重点を置いた研究を進めました。具体的に信託は受益者に残余請求権を与え、信託当事者の間で意思決定の帰属と所有権の分割のあり方を決める契約の集まりと考えることができます。本年度はこの理解を端緒として、残余請求権が信託における意思決定の帰属と結びつくことにより信託財産の管理と受益者への利益の配分にどのような作用が生じるか、さらに残余請求権が信託財産の形成に対してどのような経済的効果を直接に有するかについてその一端を明らかにしています。信託における意思決定の帰属は形式的にみると管理権に基づく意思決定と所有権に基づく意思決定との間の信託行為による選択と捉えることが可能であり、とりわけ残余請求権がエクイティを通じて後者と結びつくことにより信託財産形成に対してもたらす時間を通しての促進的な効果を詳しく考察することができています。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在のところ当初の計画に即して順調に研究を進めることができているといえる。この研究課題は信託の基本構造を捉える基礎的な研究(2か年)とプリンシパル=エージェント理論による信託および信託法の経済分析を進める応用的な研究(3か年)の二段階で構想されている。2021年度は研究課題の第3年目であるので、基礎的な研究の成果を前提とした応用的な研究に着手している。応用的な研究では、具体的に①信託法の実体と効果、②他の財産管理制度との比較、③経済における信託の機能、④プリンシパル=エージェント関係としての信託の理論的な一般化、の四つの論点に重点を置いている。本年度は主に①に取り組み、受益者に残余請求権を与え、信託当事者の間で意思決定の帰属と所有権の分割のあり方を決める「契約の束」として信託を捉えたうえで、受益者の残余請求権がプリンシパル=エージェント関係を通じて信託の利益の配分と信託財産の形成に対して有する効果を理論的に明らかにすることができた。とりわけ信託の動学的な定式化に基づき、意思決定の帰属と残余請求権が結びつくことによって生じる信託財産の蓄積に対する作用を捉えることができたのは有意義な成果であった。この論点は英米信託法におけるエクイティ上の権利とコモン・ロー上の権利の対立と統一にも関連しており、その経済的基礎を提示する意義を併せ持つといえよう。さらに昨年度の研究によって把握された新たな論点についてもこの残余請求権の視角から検討を深めることができている。具体的には受託者のインセンティブ形成として把握される信託報酬と受益者の残余請求権との関係、信託財産の独立性に基づくその擬制的主体化がもたらす残余請求権への影響などであり、いずれも研究の豊富化に寄与している。ただし本年度は新型コロナウイルス感染症の影響で研究成果の公表が予定通り進まなかったため、評価は「(2)概ね順調に進展」とした。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度までの成果を前提としつつ、当初の計画に即して研究を進める方針である。この報告書では字数の制限もあるので当面する2022年度に絞って推進方策を記載しよう。本研究課題は基礎的な研究と応用的な研究の二段階で構想しており、本年度は応用的な研究の第2年目に当たる。プリンシパル=エージェント関係としての信託に「契約の束」の概念を適用することにより、信託において残余請求権が有する意義の一端を明らかにできているので、引き続いて信託法の実体と効果の一般的な解明に重点を置いた研究を進めたい。昨年度までの成果をさらに厳密に整理しつつ、十分に検討ができなかった管善注意義務、忠実義務、公平義務、慎重な投資家の原則など、受託者のモラルハザードの抑止に直接関連する諸規定について捉え直し、プリンシパル=エージェント関係に即して一貫した構成を与える。これに基づき、他の財産管理制度との比較分析にも取り組む計画である。信託が有する財産管理機能の内容とその効率性について検討したうえ、とりわけ法人制度との比較によって財産管理機能としての信託の特徴を明らかにする。その際、両者における残余請求権(受益権と株主権)の比較分析にまず重点を置く。権利の集中度、市場性(株主権は高い市場性を持つが、受益権のそれはかなり低い)、残余請求権と非対称情報との関係、それぞれ対象となる財産との物権的権利関係などが論点となろう。なお昨年度までと同様、従前の成果を踏まえるだけでなく、モデルの一層の豊富化・最適化を並行して進め、信託および信託法の経済学的な考察としての理論的・方法的拡充を図りたいと考えている。研究への取組はおよそ以上であるが、国内外の学会における研究成果の公表は、新型コロナウイルス感染症の影響で必ずしも予定通りにできていない。2022年度には当初の予定に加えて成果公表についても積極的に進めていくこととしたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
(次年度使用額が生じた理由) 2021年度の所要額に次年度使用額が生じた理由は従前と同様であり、年度中に予定していた国際学会における研究成果の公表(学会発表)について、新型コロナウイルス感染症の影響で当初の予定通り実施できなかったためである。この研究成果の公表(学会発表)に関連して支出する予定であった旅費等の経費(主に外国旅費)が未使用となっている。学会が開催された場合であっても、オンライン開催が普及しつつあるので、このために旅費が不要となった場合もある(ただし当然ながら学会参加費等は支出している)。なお学会そのものが中止されていても抄録等が刊行・公表されることがあり、その際は成果の一部として明示している。 (使用計画) 新型コロナウイルス感染症の影響で2021年度に予定通り実施できなかった内外の学会における研究成果の公表については、今後の経過に十分注意しつつ、2022年度以降に当初の予定と並行して進めていく計画である。また今後の進展に応じて補助事業期間の延長を申請することも考えている。なお研究成果の公表に伴う年度末から年度始の期間での直接経費の支出について、会計制度上、精算が年度内に完了せず、次年度に名目上繰り越されている金額が存在する。これは実質的に年度内の使用計画に含まれており、すでにその支出・精算は完了している。
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